注意事項 以下の事項について注意を願います。 ・題材が題材のため、EP1~3までのネタバレの要素を含みます。ネタバレを嫌う方は閲覧をご遠慮願います。 ・オリジナル要素、オリジナルの解釈が含まれます。そういうのが苦手な方は閲覧をご遠慮願います。 ・誤字脱字は脳内保管でよろしくお願いします。 ・更新スピードのため、だいぶ間の話を飛ばします。
第八話:終わりへ至るプロローグについて考察(後編)
微睡の中。
これが夢だとわかっている。
周囲は暗く、目の前には鏡を見ているかのような自分の姿。
その姿が語る。
「"終わり"が見えてきましたね」
「ここでいろいろ聞いたほうがいいんでしょうかね?」
「どうですかね? わかっているんじゃないですかね、なんとなく」
「ええ、ここで聞いたことはきっと私の記憶には完全には残らない。何故なら」
「何故なら、私が壊れているのは『記憶を思い出す』機能」
「それが直っていない以上、ここで聞いたことはおそらく消えるのでしょう? 思い出せている私」
「その通りですよ。しょせんこれも私自身の思考ですから。はたから見れば何ともお寒い自分語りですよ、これ」
「全くです。どうせならもっとましな夢を。……どれがマシでしょうかね。彼女が登場人物に抜擢された瞬間にどうあがいても酷いことになりそうです」
「間違いがないですね」
言葉が途絶える。
今度はこっちから。
「……私というものはままなりませんね。いつだって目を向けるのは上ばかり」
「いつだってそうでしょう」
「そうですね、だからこそ私なのでしょう」
「言っておきますけれど、先のもっとましな夢をって話ですが。こっちの記憶を漁っても碌なものがありませんよ」
「聞きたくなかったですよそんなこと」
「仕方がないんですよ、私はきっとそういうものです。目の前の何かを見過ごせなくて、力が足りないくせにあがいてしまう」
「面倒な性格ですね、彼女の事は笑えません」
「ええ、だからここで"終わり"です」
「……どういうことですか」
「ここで"終わり"です。今まで色々ありました、私自身が揺らぐものがありました。それでも楽しい日々でした。それらが終わります」
「……」
「私の"二度目の末路"はもうすぐです、私がそれを知るための"断片"は半分揃っている」
「そうですか。それでも、私は私であるなら、その末路は変わらないのでしょう」
「ええ、私が私である限り、変わらないでしょう。どうしようもないですね。だから、しっかりと後の準備はしておいてください」
「そうしますよ」
「二度目の、と言いましたが。今回が正真正銘の末路、終点になるでしょうね」
「それでも足を止めるつもりは無いですよ」
「でしょうね、私。解ってて言ってます。それでは最期の最後まで、私らしく」
「足掻くとしますよ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
目が覚める。
そうして気がつけばアムドゥスキアの空を見上げている。
離れたところから、クーナの歌が聞こえて状況を把握する。
「はあ、情けないですね」
アイとクーナの二人を送り届けて、そうして私は力尽きて倒れた。
アムドゥスキアの大地を褥に、空を天蓋にして眠りこけていたわけだ。
格好つけた言い方にしても格好がつかない。
「〔目が覚めたか〕〔アークス〕」
龍族の声に体を起こす。
「おや、コ・リウさん。お手間を取らせてしまったようですね。申し訳ありません」
声の主に気が付いてしっかりと立ってから頭を下げる。
どうやら、自分を守っていてくれていたようだと思い。
「〔気にするな〕〔アークス〕〔お前に何かあれば〕〔あのアークス〕〔悲しむ〕」
「遊び相手が減ったーって惜しみそうではありますね」
なんだかコ・リウさんがこっちを何か言いたげに見ている。
はて、物事を常にはっきり言う相手だと思っていたのだけれども珍しい。
「〔アークス〕〔これに見覚えはあるか〕〔以前〕〔黒い相手と対峙した場に〕〔落ちていた〕」
す、と差し出されたのは黒の立方体。
見覚えのあるそれを思わず手に取って。
「〔アークス〕〔お前が落としたものかと〕〔思ったのだが〕」
「……ありがとうございます、これはええ。"私が落としたもの"で間違いありません」
「〔そうか〕〔返せてよかった〕」
コ・リウさんは満足げに頷くとそのままこの場を後にした。
私は手の中に"あった"立方体を見て。
「……同一座標に二つのものが存在する時に発動する、ですか」
何も無い手の中を握る様に、拳を作る。
それは、記憶媒体。
記憶と記録が内蔵されたそれは、今私の中へとインストールされた。
「私の事故もまた、想定済みと。まあ私ですからね」
ふ、と一つ息を吐く。
動揺は少ない、唐突に自分の記憶が戻るなど少しは動揺してもしかるべきなのだろうと思うが。
ああ、であるならばやはりあの夢は自分の予感、予測、そう言ったものが見せたものなのか。
「"再誕の日"、それまで時間がない、か」
やるべきことは多い、ここで動揺をしてそれをこなす時間を浪費したくもない。
自分という存在は本来ここにはいないもの。
彼女であるならば一人でも乗り越えるのかもしれない。
だが、ここに居る私は
「……」
歌の聞こえる方向を見る。
あの場にはアイとクーナがいる。
ああ、思う。
クーナは確かに、裏側にいる人だ。
それでも、光が当たらない訳ではない。
彼女に関しては言わずもがな、自ら光を放ち人を導いていく。
その背を追いかける人の目に焼き付く、そんな光だ。
かえって自分はどうかと、思い返して笑う。
「光はいらない、闇が恋しいわけではない。ただ、私には眩しすぎる」
それでもそこにあって欲しいと、願うのだ。
だから。
「お別れです、アイ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Side アイ
浮遊大陸のあの一軒以降、ユウの姿を見かけない。
何時もの場所で待っていても、何時までたっても待ち人は来ず。
思わず、ショップの壁に寄りかかり片膝を抱えてしまう。
「……むぅ」
様々なことがあった。
怖い、何が起きているのかわからない。
それでも、自分にできることがあるから、足を進めたい。
そんなときに、彼の声を聞いて、彼の困ったような笑いを見る。
気がつけばいつだって、恐怖に立ち向かえるだけの力をもらっていた。
「元気ですねって、君は笑ってたけどさ」
それは君からもらってたんだよ、そのつぶやきは虚空へと消える。
「……」
浮遊大陸で見た、最後に見た、彼の姿を思い浮かべる。
道を拓く、という言葉の通りダーカーが立ちはだかるものを足を止めずに突き進んでいたあの姿。
あまり見せてくれない彼の背中、本人曰く研究者だからフィールドワークは、などと口にしているが。
「大きかった、なあ」
頼りがいも感じた。この背の後ろに居れば安全なのだと、直感的に思わせてくれた背中。
普段の丁寧な口調を操る姿とのギャップのせいなのか、と考えて僅かに口端を持ち上げる。
そんな彼女が待っていた相手は、今日も来なかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Side クーナ
「……はっきりと言います。あなたは何者ですか」
「はっきりと言われましても、説明が難しいのですよね。シオンなら、理解と納得はしてくれると思いますが」
「シオン?」
「いえ、こっちの話です」
ユウと名乗るアークスを見かけ、それから色々あってこの問答に至っている。
声に力が自然と入る。
「"絶対令"が効かない一般アークスなど……」
「一般アークスかと聞かれると否定せざるを得ないのですけど、私の立場というか過去って説明が難しいのですよ」
アイと親しい彼がもしもアイと対峙することになったなら。
彼女の心に多大なダメージが行く、そう思ったから前もって対処をしようとしたらこの様である。
私の"絶対令"が効かなかった。
それだけではない、このアークスは”絶対令”を知っている。
「どうせアイにも説明しないといけないんです、一区切りついたらすべて話しますよ。どうせ、その時は近いでしょう?」
「……本当にあなたは何者ですか。そして、誰の味方ですか」
同じ言葉を繰り返す。
情けなくも、私はそれしかできなかった。
実力行使もできなくはない、だけどもどうしてもそうするのが適当な相手とも思えなかった。
「私の敵は、今はルーサーということになりますよ。アイの味方と考えてもらっていいかと」
「なら、何故あの子を避けているのですか」
「彼女と会話をすると、私の中で張りつめているものが緩む気がしまして。僅かなゆるみが許されない、そんな状況になるだろうと思っていますから」
彼が深々とため息を吐く。
できるならやりたくない、そんな心情をうかがわせる疲れた仕草。
「それでは私はこれで。ああ、念のために一言」
「?」
「フィリアさんに預け物があります、とだけ」
「……あなたは」
死ぬ気ですか、その言葉は声にならず。
変わらぬ足取りで去っていく彼の背を見送った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そして、再誕の日が訪れる。
第八話:終わりへ至るプロローグについて考察(前編)
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
アムドゥスキア、宙に浮かぶ大地。
そこをひたすらに、進む。
前を行くのは彼女とクーナ。
彼の龍を討つため、彼女の歌が響く場所へと歩を進める。
自分と彼女が出会ってから、5日の時を数えている。
その間に起きた出来事が、クーナと会話した言葉が思い起こされる。
それは、かの龍が何のために行動を起こし、今に至ったのか彼女が知ったその日。
その情報のかけらを提供したのは、自分であるが故にその場に居合わせた。
-------------------
「あの子は、私の為にああなっていました」
淡々としたその言葉に、自分は何も返せない。
「馬鹿な子……本当に、本当に……」
言葉は静か。
それでもそこに含まれる感情は。
「それでも、守りたいと思ったんでしょうね」
「……」
そしてそれは、きっと目の前のクーナも同じだった。
そこまでは口にしなかったが。
「このままでは、ハドレッドの命は少しずつ苦痛とともに削られるだけ……」
クーナの呟き。ああ、確かにアークスに指令が出ている。
ならばそうなるだろう。
「なら、私にできることは……もう、一つだけ」
そして、クーナは覚悟を決めていたように見えた。
「そうですか。道を決めたのならば、後はそれに向かい走るだけですね」
「軽く言ってくれる」
無表情で視線を向けられる。
ただ、そこに咎める光はなく。
自分が非道なことを口にしているのは自覚している。
クーナの心情をわかるとは言わないが、自身の為に身を尽くした弟をその手にかける道を歩くのに苦痛がないわけではないだろうとは、わかる。
「走るというのなら。彼女も共に貴女の行く道の先へと走るのでしょう。そうであるのならば、私もそこに在る。他の人に無意味と評されるかもしれませんが」
クーナに視線を返す。真っ直ぐ見るその目に同じ視線を。
「貴方は一人ではない、今も、昔も」
「……皮肉ですね」
本当に。
その言葉は口にできはしなかった。
-------------------
強い女性だと、そう思う。
そしてその隣を駆ける彼女もまた。
-------------------
「ねえ、ユウ。何とか、もう、できないのかな」
ぽつりと、呟くように彼女が漏らす。
快活な笑顔も、その顔には浮かんでいない。
それはクーナに伝えた情報を彼女に伝えた結果。
悲しむことはわかっていたが、それでもかかわった以上は伝えるべきだとそう思って。
「悪い奴倒してさ、それで改心して終わり。そんな、幸せな終わりはないのかな」
「そうですね。これが物語の中であれば、そうなったのでしょう。けれども、機械仕掛けの神はここにはいませんから」
都合のいい終わり。
誰もが幸せになれるような終わり。
それが与えられる世界であれば、本当によかったと思う。
だが……。
「でも、だからこそ貴女は足掻くのでしょう?」
「……」
「その悲劇に間に合わなかった、たったその一つだけで100の結果を得ることはできなかった。それでも、まだ間に合うものがあるのだとわかっているから」
それは苦しい。
間に合わないと知ってもなお、足掻いて、それでも。
『その時にその場にいなかった』、『その時には知らなかった』そんな一点で最良の結果がもたらされる未来が潰される。
それを知りながら、動いて、そしてその手につかめなかったものを思うのだ。
だが。
「貴女の精一杯がそこにある。人の手は小さい、手にできるのはほんのわずか」
それでも
「ほんの僅か、だけど貴女には皆がいる。何かあったときに手を貸そうと、そう思う人がいる」
アフィン、フーリエ、クーナ、マトイもまた彼女に力を貸すだろう。
「一人では僅かでも、集まれば多くを掴めるでしょう。そして、皆がきっとそう思うのは」
僅かに笑う。
「嘆いても、悔いても。折れることはあったとしても。立ち上がる貴女の姿を見たからでしょう。この言葉が貴女を縛る可能性もありますが」
だが、言わずには言われなかった。
「……ありがと。私は立ち上がる。戦う、武器を握って先に行く」
彼女は力強く笑う。
悲劇と相対して、避けられない痛みが目の前にあっても。
「私はそうしたいって、そう思ったから」
その笑顔を見てしまった以上、この私もまた分不相応に思うのだ。
手を貸したいなどと、考えてしまうのだ。
-------------------
ああ、考えたからこそ、ここにいる。
前を行く二人の前に立ちふさがったダガン。
それに対して、二人よりも先に動く。
飛ばすのは、フォトンで作られた飛ぶ斬撃。
それはそこまでの道すら切り裂き作る、だから自分はそこに飛び込むだけ、それだけでそこまでたどり着ける。
最小限の動きで、最大限の力で、相手を叩き潰すための三連撃を叩き込む。
二発目で相手が苦し紛れに足を伸ばすのを左手で掴み、最後の一発を相手の真ん中に叩きつける。
それだけでダガンは動かなくなり、霧散が始まる。
「二人には、本丸まで温存してもらいます」
左手で掴んだダガンの足を離しながら、先ほどシュトレツヴァイの動きの最中に追い抜いた二人に声を投げる。
「私は二人に比べて二枚も三枚も落ちます。加えて言えば私からすれば初見の相手なら、私の性能(スペック)は相当に落ち込みます。ならば、それを最大限に生かすとなればこういう使い方が妥当でしょう。つまりは……」
ため息を一つ。
これから口にする言葉は実に、自分らしくない言葉だと思い。
「ここから先は任せてください」
自分にできる精一杯を口にする。
後続のダガン、襲い掛かってくるそれを左手で払いつつ、強引にその腹にガンスラッシュを捻じり込み、そのまま振り回すようにサーペントエア。
さらに続こうとしていたダガンを巻き込み蹴撃に斬撃、霧散するそれらに構わずさらに奥へ。
後ろから彼女が何かを言っている気がするが、意図的に無視する。
優先するのは速度。
ならば、『意図的に回避をしない』ことも選択肢となる。
我ながら、安全を考えるのが常だったがそれを捨て去ることになろうとは思わなかった。
いや。
いつか、どこかで、同じようなことをやった、そんな気がする。
だとしたら面白い。
それはきっと自分のなくした記憶の中。
それでも、同じようなことをしていたというのであれば、私という存在は記憶を失った程度では揺るがぬことがなかったということなのだから。
「はは、どこまで頑固者ですかね、自分は……!」
自らの自我(エゴ)を愛しく思いながら走る。
止まればきっと後ろの二人が追い付いて戦ってしまう。
少なくとも彼女はそうする。
だから追いつかれぬように、前へ、前へ。
進みながらも切り開く。
レーゲンシュラークでエルアーダに突撃し、薙ぎ払いと共に弾倉を放り投げて前転。
後ろを向いた際に弾倉を打ち抜いて爆発を引き起こし、着地と同時に地面を蹴り、地面と水平になるような姿勢を維持したまま回転。
地面を掠るような軌跡を描いたガンスラッシュから斬撃を飛ばし、再び次の獲物へととびかかる。
雪崩れてくるダガンを蹴り上げてその腹に左から右へ一文字を刻み、その勢いのままガンスラッシュの形態を変化させ、右からくるダガンを打ち抜く。
左足を軸に右足を蹴って後ろに体を向けつつ肘撃ち、それは後ろから襲い掛かろうとしたダガンに当たる。
ダガンに対してダメージにはならないがその動きが止まる、その間隙に形態をさらに変えて逆手に握ったガンスラッシュを突き下ろす。
ダガンの背から腹を貫通したのに目をくれず、さらに前へ駆け出す。
「邪魔なんですよ」
左からダガンが足を振り上げて襲い掛かってきたが、その足を掴んで振り回す。
前にいるダガンにぶつけつつも、まだ手は離さない。
そのまま上に持ち上げて走りながら地面に叩きつけてから、右手で銃形態にしたガンスラッシュを突きつけて射撃。
銃弾と地面に挟まれたダガンはそのまま霧散を開始。
右手をさらに動かす、剣形態に切り替えながら前に突き出す。
関節が嫌な音を立てた気がするが仕方がない、無理な動きだったとしても。
先ほど飛ばしたダガンが前から襲い掛かってくるのだから、対応しなければ。
「……意図的に回避しないことも選択肢になるわけですが」
彼女の心配する顔は見たくないと思ってしまった以上。
無用な傷は、負うわけにはいかないのだから。
第七話:残照が奏でるプレリュードについての考察
アムドゥスキア、宙に浮かぶ大陸の上。
自分は怒られている。
「いやですから、怪しいものがあったら攻撃するじゃないですか」
「待って、落ち着いて、君ってそういう脳筋スタイルじゃなかったよね!」
「もう思考能力の大半を貴女に使い果たすので、あとはぞんざいでもいいかと思いまして」
「え、それって……」
「貴女の行動を先読みしようとしないと突拍子もないことをやられてこっちが危ういので」
「ひどくない!?」
「貴女の今までの実績(前科)を考えましょう。人を抱えて飛んだり跳ねたり危険の真っただ中に突っ込んだことが何回ありましたか」
……前述は訂正したほうがいいかもしれない。
「ぐ、それとこれとは今回は別!」
「……私としても伺いたいことがあります」
元気な声と対比するように硬質的な声。
見れば、グラデーションの入った髪を持つ少女の姿。
体にフィットするスーツタイプのコスチュームに身を包み、その両手にはツインダガーを持っている。
見たことのない形だが……それを追求するのは藪をつつく様なものか。
そもそもこの少女自体が巨大な藪にも思えるが。
「どうして場所がわかったのですか」
「いや、なんか彼女がチラチラ見ているようだったから何かあるかなと思いまして」
「思いまして?」
「爆発物を投げてから撃ち抜いて(スリラープロード)みたわけです」
「さっき怪しいものがあったらって言ってたじゃん!?」
「貴女がちらちら他所を見る以上に怪しいものはそうそうありませんよ」
「ひどくない?」
「……つまり、あなたのせいだということですね?」
硬質的な声の少女が視線を彼女に向ける。
「待って! ちょっと待とう! この場合は実行犯に責があると思うんだ!」
「知らないということは悪意はないという解釈になりますよ?」
「正論なんて大っ嫌いだーっ!」
「いえ、今のは屁理屈だと思いますが。……して、貴方が件のユウ、というアークスですか」
「その通りですよ。ただの木端な一アークスです、今は」
「今は、ですか」
「ええ。お互い、今のことしか語る意味がないでしょう?」
「……何を、知っている?」
「いえ、貴女については何も。ただ、向けられる視線の意味を考えたときに、思い当たることが一つしかありませんので」
さらりと、返す。
先ほどから硬質な少女がこっちに寄こす視線に混じっていたのは敵意。
なぜ、自分がそんな視線から敵意を感じ取るなどということができたのかはこの際置いておく。
少なくとも、自分は目の前の少女が敵意、ないしはそれに近い何かを抱いていることを確信した。
間違っているかもしれないがそれも置いておく。
そしたら自分が恥ずかしいだけだ。
だとしたら、それを抱かれる理由は失った過去かそれとも……虚空機関のそれのどちらかだった。
恐らく後者だろうとあたりを付けて、会話を続ける。
「被害者面をするつもりも、私がどうかかわったのか把握できていない以上加害者面をするつもりもありませんので、貴女が私に如何様な感情を持っても文句も何も言いませんよ」
元より。
誰がどんな感情を、思いを抱こうともそれに対して文句を吐けるだけの理由も資格もないのだから。
「……関係などない、わかってはいるけれど。それでも……」
「人の感情ですからね。理屈じゃないでしょう」
「ユウもクーナもなんか二人だけでわかってる感出されるとこっち疎外感感じるんだけどー!」
今の発言を聞かなかったことにしたほうがいいのだろうか。
「……今、一瞬すべてがどうでも良くなった気がしたのですけれど」
「心中察します。聞かなかったことにしたほうがいいですかね?」
「え? え?」
「アイ、明らかに正体隠してる人の正体を暴露しちゃだめですよ」
「……あ」
こっちが彼女に言葉を投げれば、彼女はしまったという顔をして、硬質的な声の少女……クーナは額を抑えて頭を振る。
大分疲れている様子だ。
「いえ、いいです。もう、この際私の感情など。ええ、本来、必要なかったそれについては置いて考えれば、協力者が欲しいところです。こうなった以上巻き込みます」
真剣な視線が向けられる。
そこに敵意は、もうなかった。
……でも言葉の最初のほうジトっとした目立ったことについては、目を背けよう。
「暴走龍について、ご存じですか?」
「何度か見たよー!」
「私は見ていませんが、表向きの情報はある程度は」
「そこではっきりと表向きといえるあたりが恐ろしいですね」
「信用できないものを信用しても、ですからね」
「二人だけでわかってる感出されるとこっち疎外感感じるんだけどー! パート2!」
「……適材適所とかそういう言葉の意味を実感してます」
「奇遇ですね、私もです」
アイに裏側は絶対に似合わない。
もっとも、そうだからこそ目の前の少女も、自分も彼女に対して心を許しているのかもしれないが。
それとも、こうして本題から逸れてしまうのは、何かを感じているのだろうか。
「そうでしたか。私には、彼の龍を討たねばなりません。……他ならない、私の手で。ですから、何かを知ることがあったのならば連絡を願います」
目の前の少女は、その理由も何もかもを口にすることはないだろう。
そして自分にはその口を開かせるような話術も、信頼も、何もない。
彼女ならば、その頑なな心すら溶かしてしまうのだろう。
そうだとしても、自分が何もしないわけにはいかないと、そう思った。
「……全ての物事には理由があります。貴女がその龍を追う理由もあれば。その追う理由となった原因についても理由があります。因果なんて便利な言葉がありますが、それは数珠繋ぎのように連鎖していくものでしょう」
言葉を置く、クーナはこちらに硬質的な視線を向け。
彼女は興味深そうな目でこっちを見ている。
「原因と結果。それが連綿と続いているのが世界というものですから。もし、心身を切り裂く様なものでも、わからないよりはきっといいことでしょう」
「……人は、痛みを避ける物だと思いますが」
「その道の先に求めるものがあり。痛みが待ち構えているのならば、それを抱えてでも人は歩き続けられますよ」
辛く、膝を屈してしまいそうになったとしても。
その先に、求めるものがあるのならば。
「少なくとも、そこの彼女はそうするでしょう」
「? よくわからないけど! 起きたことは起きたことだから、返られない! もしそんな機会があるとしたら、奇跡のような一時なんだよ! だからそれがいつもあるわけじゃあない」
そうして彼女は笑う。
「だから、全力でいつでも自分にできる精一杯を掴むんだよ。そのためには、自分が何のためにそれをしたいかとか考えてるけどね。だってそれがぶれたら、私は私じゃない。自分が認められる自分じゃない。そんな自分じゃ、掴めるものも掴めないから」
彼女はいつだって、自分以外の誰かのために動いていた。
最初に出会った時も。
それからも。
「なので、情報提供はしますが貴女が動くならばそれだけの理由を、しっかりと固めたほうがいいと思いますよ。少なくとも、私程度に隠形が見抜かれる程度には、揺れているようですから」
「……そう、ですか。そう……ですね」
なおはったりが含まれてる事実には目を逸らす。
彼女の視線が怪しかったからですしね、攻撃したの。
「だから今度は貴女が認めた貴女と、お会いしたいと思いますよ。私は」
「何も知らないくせに、と言ってしまえれば楽なんでしょうか」
「それが楽だと知っていて口にしない貴女は強いと思いますよ」
「強くなど、ありませんよ」
「強いですよ。少なくとも、貴女が思うよりは」
「うん、強いよね! 私だったらユウに愚痴っちゃうしそういう時!」
「……貴女の愚痴って、マトイさんが健康診断行かないのが5割占めてますよね」
「それ以外にもあるよ! ユウが自信なさすぎるとか!」
「それは正当評価です。実績が一切ないんですから自信がないのも当たり前じゃないですか」
「……実績がない一般アークスにやられた私の立場を考慮してもらいたいのですが」
そのクーナの一言は今までより、どこか感情が入った言葉だった。
思わず面白くなり、口端が持ち上がる。
「ならば次はそうでなくなればいいじゃないですか」
「……そうですね」
「あ、ユウが悪い顔してる」
「それはどういう意味ですか?」
「鋭い目つきと口の笑みが合わさって悪人面に見える」
「すいません、真実をありのまま言うのはやめましょうか。本当のことが人を一番傷つけることもあるんですよ?」
「大丈夫。さっきキメ顔で『それを抱えてでも人は歩き続けられますよ』って言った人がいるし!」
天を仰ぐ。
今自分は喧嘩を売られているんだろうか。
あと彼女がこっちのセリフを再現したときに若干こっちに寄せてきたが似てなさ加減が芸術的だ。
「あ、クーナが後ろ向いてる、肩震わせてる」
「……気の、せいです」
「んー? 何が気のせいなのかなー? んー?」
からかった口調のまま、クーナの前に回りこもうとした彼女よりも先に、クーナが虚空へと消える。
クーナの声が震えていたことから、恐らく笑っていたのだろうか。
「あ、逃げられたーっ!?」
「今すごくうざい絡み方してましたからね」
「くっ……貴重な笑顔を見れなかった……」
口惜しそうな彼女に、ただクーナが消えていった方向を眺めつつ返す。
「なら、今後も見れるように行動すればいいじゃないですか。どうせ貴女のことです、関わっていくのでしょう?」
「もちろん。言うまでもなく、そのつもりだよ」
快活に笑う彼女はそう言って、身をひるがえして走り出す。
「それじゃぁ引き続き行こうか!」
「ええ。貴女が関わるそれにも、私はついていくとしますよ」
言葉を放った責任として。
そして自分が抱いている最初の思いのためにも。
誰かの為に戦う人がいるのならば、そういう人の為に行動する人がいてもいいだろうという、ただそれだけのものでも。
動く理由には不足はない。
「ふふっ、置いてかれないようにね?」
「……私のできる範囲で、ついていくとしますよ」
何故なら、自分も彼女と同じく足りてなかろうが何だろうが自分の全てを出し切ることしか知らないのだから。
第六話:探索と戦闘に対する考察
あれから、大きなことがあった。
ダークファルスの復活。
その裏で彼女は動いているのだろうが、『まだ』彼女は自分がかかわったことを知らない。
ならば、自分からそれに踏み込もうとはしないほうがいいだろう。
過去と未来というものは本当に面倒なものだ。
いつも通りの自分でいたほうがいいだろう。
「こんな時だってのに、こんなことをやってるなんてな」
「こんな時だからでいいと思いますよ。いつも通りであることがいいこともあります。ほら、私とかできることなんて何にもありませんからね。そんなのが怯えてるとか周囲の害にしかなりませんから」
そして、今自分はアフィンと共にリリーパの地上部分……砂漠が一面に広がる中にいる。
アフィンの探し物の捜索の手伝いを申し出てともに出撃したからだ。
いつもの、彼女とともに出撃するそれよりもだいぶ穏やかだ。
「落ち着いてるよな、ユウって」
「そう見えているだけですよ」
そう答えておいたものの、自分でも不思議なほどに落ち着いてはいる。
大事だという認識はしているのだけれども、その上でこの心境だ。
悪いことではないので、そこまで深く考える必要はないのだろうが。
「ゼノ先輩も、いなくなっちまって、どうしたらいいかわからなくてさ、俺。どうしていいかわからないから、とりあえずいつもやっていたことをやっているだけなんだぜ」
「動けないよりいいですよ。それに、ゼノさんが消えたといっても、まだどうにかなったと確定したわけではありません。目で見た事実こそが真実ですからね」
「……それ、慰めか?」
「……そう思っててください。私はこういうの苦手なんですよ」
ため息を一つ、それに対してアフィンが笑う。
「研究者ってみんなそうなのか?」
「社交的な人もいるとは思いますよ。とはいえ、私は研究者ではなくなりましたから、私が答えるのもおかしいところではありますけれど」
「そうなのか?」
「ええ。申請が受理されたかはわかりませんが、やめてきました。引継ぎとかそんなもの全部ほったらかしましたが連絡がない以上放っておかれたんでしょう。この事態にそれどころではないってこともあるかもしれませんが」
「それ大丈夫なのかよ」
「なるようになるでしょう。それより、今はアフィンのことです。どうします? あらかた見た感じはしますが」
砂漠の上で足を止める。
しばらく考える様子を見せた後。
「何とも言えないんだけどさ。なんか、ある気がするんだよ」
「ならば探しましょうか」
「いいのか?」
「ええ、探し物を諦めたくないという気持ちは私にもわかりますから。もっとも、私はもう諦めてしまいましたが」
「ん、ユウにも探し物があるのか? 今日のお礼に探すの手伝うけどよ」
「いいのですよ。探していたのは、私自身の記憶ですから」
「記憶、って」
「実は私、アークスになる前の記憶がないんですよね。綺麗さっぱり」
「それ笑って言うことなのか……」
「はは、今のマトイさんと同じようにフィリアさんに面倒を見てもらったりしてここにいるわけですから。私は優しい人に恵まれた、そういうことです。ならば笑って言いますとも」
アフィンに向けて笑う。
昔はこだわったこともあったが、結局過去が分かったところで今の生き方が変わるわけでもないと気が付いて、探すことをやめた。
事実今のところ自分を知っていた人に出会ったことはないのだから、捜したところで徒労を重ねるだけだったのかもしれない。
「というわけで、私のことはいいんですよ。過去を見るより、私は未来(先)を見たいのですから」
「なんかさらっと重い話されたような気がすんだけどよ。なんにせよ、助かる」
「私こそ感謝してますから」
思わず笑みを零し。
「『ああ、無理矢理振り回されないこんな出撃が普通なんだな』っていう実感を私に与えてくれますし」
「相棒に振り回されてるもんな、文字通り……」
「おかげで近接域での戦闘に慣れてしまいました。そしてその結果、『できるじゃん!』ってなって行動を止めてくれないっていう循環ができましたが」
「ユウ、頼むから目から生気を失わないでくれよ」
「過去の光景が走馬燈のように……」
「それ死ぬ前に見るやつだろ!?」
「正直、彼女とともに出撃した場合、生きた心地は全然してないんですよね……」
「それでも毎回大きな怪我もせずに帰ってきてるのがすごいって思うぜ、俺」
「私に蓄積された幸運を削っている気がしてならないのですが」
ぼやきながら、ガンスラッシュを構えて射撃。
急に出てきたスパルガンを打ち抜くも、相手に与えた被害は軽微であり倒すに至らない。
だが、その間にアフィンのアサルトライフルから強烈な一撃が放たれ、見事に打ち抜く。
続けて出てくるスパルガン、彼我の距離は10歩まではいかない。
ガンスラッシュのモードを切り替え、右の足で地面を蹴る。
砂漠に足がとられそうになるが、足を地面にたたきつけるように跳躍。
地面と水平になるように体を傾けつつ横に回転。
その勢いのまま下から掬い上げるようにガンスラッシュを振るい、フォトンの刃を飛ばす。
それがスパルガンに命中した瞬間、地面に着地し、自分の目の前はフォトンの刃が空を裂いたことでできた道がある。
一歩、その道を踏み出す。
その道を行くのは走る、というよりも飛ぶ、に近い。
瞬く間に彼我の距離が0となり、そこから数度撫で斬るようにガンスラッシュを振るう。
シュトレツヴァイと呼ばれるフォトンアーツだが、なかなかどうして慣れはしない。
まだ発動から終わりまでの時間を詰めることはできるだろう。
「ですが……どうにか、ですか」
最後の一撃を受け動きを止めたスパルガンを確認して振り返る。
すでにアフィンは残りのスパルガンを仕留めていた。
「お見事ですね」
「相棒がどんどん先に行っちまうからな。少しでも追いつけるようにしないとな」
「今までの経験と努力はあるんでしょうけれど、あの成長速度はすごいですからね」
「ああ。けどま、それを言い訳に自分を怠るわけもいかないだろ? なんか格好悪いし」
「なるほど」
照れたように笑うアフィンに笑い返しつつ、再び歩を進めようとする。
すると、アフィンが何かに気が付いたかのように声を発し、こっちを呼び止める。
「お、ユウちょっと止まってくれ」
「どうしました?」
「その足元、なんか落ちてる」
言われ、足元を見ると何やら青いラインの入った黒いキューブが砂に埋もれていた。
かがんで取れば、きれいな立方体をかたどっているそれは、砂から伝えられた熱と硬質感を手に返す。
「なんでしょうね、これ。ですが……ふむ、どこかで見たような。思い出せませんが」
「なんだろうな。でもそれ、ユウが持っていたほうがいいって思うぜ。なんとなくだけどな」
「そうですか?」
「おう、こういう時の俺の勘って結構当たるんだぜ」
「では、そうさせてもらいましょう。なんかもやっとした気持ちですし、どこで見たのかが思い出せるといいのですけれど」
「いつかは思い出せるさ、きっとな」
そうして二人、並び歩く。
他愛もない話をしながらのそれは、どこか安らいだような、そんな感覚を得た。
--------------------------------------------
「ずるい!」
「開口一番それですか」
帰ってきたアフィンと自分を待っていたのは彼女のそんな声。
明らかに不機嫌です、とでも言いたげな表情を浮かべているのでため息をひとつ。
そもそもなんでゲートエリアで出待ちしてるのか。
「ずるいずるいずるいー! 私も皆と一緒に行きたかったーっ!」
「駄々っ子ですか貴女は。男同士のほうが気楽なこともあるんですよ」
「おう。相棒がいない間にユウ……親友といろいろ話したりとかな!」
アフィンは悪戯気な雰囲気を出しつつ、親友という言葉を強調する。
これはからかうために呼んだのだろう。
事実、今日の出撃の合間でそんな呼び方を一度たりともしていなかった。
「むぅぅぅ……。あ、でもこっちもアイドルの人と知り合いになったよ!」
「何ですかその謎な交友関係」
「相棒は有名だからなあ」
「私の中では武勇伝という名前のやらかししか記憶にないんですけど。アークス期待のルーキーってやつなんですよね、客観的に見れば」
「主観的に見たら?」
「本人の前ではとてもとても」
「その会話を本人の目の前でやってることについて考えてほしいな! 自覚はあるから泣くよ!」
堂々とそんな宣言をしてきた彼女は涙目になりながらこっちに指を突き付ける。
「ユウ! 明日! クエストいくよ!」
そして唐突なクエスト同行の依頼。
だが何も自分一人で対応する必要もない。
傍らにいる親友殿に声をかける。
「……アフィンもどうですか?」
「すまんな親友、明日は都合が悪いんだ。相棒と二人で仲良くな」
救いが消えた瞬間というのは今のようなことを言うんだろう。
「じゃあ明日ね。遅れてきたらロビーで叫んで探すからね! あ、ちなみにこれだからね!」
そういって差し出されたのは情報ウィンドウ。
そこには、アークス戦技大会と書かれている。
二人一組、なるほど?
「……アフィン?」
「言葉にしてないけど「わかってたか?」って聞いてるのが伝わるのすげえな親友。うん、まあ俺も他の人に誘われていてな」
「はあ、なんで私なんですが、毎度」
「本気で勝ちを狙ってるからね! アフィンもいいんだけど、時間を競う側面もあるなら間違いなく君が最適だもん」
「はぁ?」
「攻撃の正確性、そして相手の動きを読み切る考察、極めつけはその考察の結果を判断してから動いても『間に合う』行動の速さ、それが君の長所だからね!」
「……なんか分析されていますが、そこまでのものではないと思っているんですけどね」
「ううん、そこまでのものだよ? 特に最後はね。自分が気が付いてないだけだろうけど、私と君で武器の早抜き対決とかやったら絶対に私が負けるからね。なんだろうなー、なんか動きが洗練……違うね。慣れきっているって感じがするんだよね」
「付け焼刃なんですが、過大評価かつただの錯覚ですよ、それ」
所詮元々研究者。
今では無職というのも聞こえが悪いのでアークスが本業となっているだけの中途半端な男だ。
アークス期待のルーキーがかまうほどじゃ無い……が。
「……でも、貴女、一度言い出したら退かないですよね」
「退くと思ってたの?」
「いいえ」
思うわけがない。
だって彼女は、今も退かずに戦っているのだから。
ダークファルスと、ルーサーと、そしてそれらを内包するこの現実と。
もっとも、こういう場ぐらいは退いてほしいとも思うが。
「しょうがないですから、精々力不足でも後ろをついていくぐらいはしますよ」
「なら良し! ふふふ、また私の封印された秘技、『ユウミサイル』が火を噴くよ……」
「封印したままにしてくださいお願いですから」
そうして、この場は別れた。
満足そうな彼女と、ほっとしているアフィンを見送って。
「……明日が無事に終わるといいんですけどね」
--------------------------------------------
……死ぬかと思った、としみじみ思っている。
現在はアークス戦技大会、最後のエリア。
訂正しよう、戦技大会が終わった後のエリアだ。
ああ、奇跡か、もしくは彼女の力か、何かの間違いか。
彼女と自分のペアが一位となった。
……なってしまった。
その道中であったさまざまは割愛したい、させろ。
「……なんですかね、アレ」
目の前で繰り広げられているのは、エキシビジョンマッチだ。
エキシビジョンマッチ、ということで相手になるのは誰からしてみても強いとわかる人だ。
ああ、そういうことだ。
「六芒均衡の六が相手になるとは思いもよりませんでした、が!」
六芒均衡の六、ヒューイの放つワイヤードランスによる連撃をダブルセイバーで弾き続けている彼女だったが、押し切られそうになり後ろに飛ぶ。
そこに追撃を加えるかと思えば、そこから離れた場所で見ていたこっちへとワイヤードランスが伸びる。
つかまれたら終わりなのは火を見るより明らか、なのでガンスラッシュによる銃撃ではじき落そうとする。
「まさか、ですね」
「はっはっは! まさかだな!」
ヒューイと互いに同じことを口にする。
「一発ではじき落とせないとは」
「それぞれに二発を当てて落とすとは!」
一発当ててもこっちに届くというのならば二発当てるしかない。
そして二つそれが飛んでくるのならばそれぞれに二発当てる。
できるかはわからないがやるしかない、だからやった。
それにしてもあの威力はやはりつかまれたら終わりだ。
「まったく、二対一でも随分と余裕を持たれていますね」
「そうでもないんだがな!」
背後から襲い掛かった彼女の攻撃をワイヤードランスで受け止めながらそう漏らすヒューイ。
だがその言葉を額面通りに受け取るわけにはいかない。
「自分の得手とする武器を使っていない時点で余裕はあるでしょう」
「まさかわかるとはな!」
「動きの端々に表れてますから」
徐にガンスラッシュを向けて銃撃。
ヒューイの後頭部を狙ったそれは、彼が飛び退くことで回避されたがそれにより彼女が空く。
すぐさま距離を詰めて斬りかかる。
受け止めようとしたヒューイだったが、今度は力負けして切り裂かれる。
「また一段と力が強くなったな!」
「さっきので、力は見切ったよ!」
カマイタチが吹き荒れる。
その中で戦う二人は正直に言って画になるが……見ているわけにもいかない。
「だが、こっちもまだ……何っ!?」
エイミングショット、狙ったところに違わず飛ぶそれは、押し返そうとヒューイが力を込めたタイミングでその足に着弾した。
踏ん張り、地面を踏みしめる足。
そこを崩せばもちろん、体勢も崩れる。
そしてそれを見逃す彼女ではない。
「そこだぁぁぁぁぁ!」
叫びとともに叩き込まれる両剣。
それは一度で止まらず、連撃となる。
その悉くにガードは間に合わず、間に合いそうになったものをこっちが撃ち落とす。
そうして全てをその身に受けたヒューイは連撃の締めの一撃とともに吹き飛ばされる。
「……やったかな!?」
「……いや、駄目でしょう」
その一言のせいで。
というのは冗談にしても吹き飛ばしに合わせて、地面に手をついてそのまま見事に体を回して立ち上がっているのだから。
「うおおおおおっ!? 見事だ、すごいぞ! やるじゃあないか! この俺を押し切るとは……!」
主に押し切ったのは彼女なので、彼女もやっぱりすごいんだろうなとは思う。
普段の行動からは考えたくないが。
「ははは! 素晴らしい力だぞ!? 最優秀ペアというのもうなずけるな!」
「はあ、貴方は自分の得物を使っていなかったわけですがね。それに二対一ですし」
「俺は鍛えているからな! しかし君達の力も相当なものだった! 弛まずに鍛錬を積めばその内オレもひょいと飛び越されてしまうだろうな!」
「むう! 必ず飛び越すからね!」
対抗意識を燃やしている彼女。
まさか六芒の一員になるとかあるのだろうか……?
彼女ならやりそうだ。
「はっはっは! エキシビジョンマッチもここまで! 最優秀は文句なしで君達だな! これらの経験が君達のさらなる精進につながることを期待しているぞ! それと、困ったことがあったら遠慮なく呼ぶといい! それでは、さらばだ!」
元気よく去っていくその背中を見送る。
……正直、彼女が二人に増えたと思えるぐらいには暑苦しい気がした。
「……これで、本当の終わりですか。いや、隠し玉にしても隠しちゃいけないでしょうあれは」
「さすがに疲れたー!」
「体力お化けの貴女がそう漏らすとか相当ですね」
「そういう君はあまり疲れてなさそうだけど?」
「道中でだいぶ疲れたのでエキシビジョンマッチではあまり動いてないですからね。あと貴女とヒューイの戦いに私が入り込んだら秒で脱落する自信があるので射撃での援護にとどめましたからね」
「ならおぶってけー!」
「嫌です。自分で歩けるのだから歩いてくださいよ」
動いて体温が上がっている。
それは彼女も同じで、そんなのを背負いたくはない。
「ほらさっさと帰りますよ」
「うー、はーい……。でも、うん。疲れたけど、楽しかったかな」
「そうですか、それならば、よかったですよ」
「君はどうだったかな?」
駆け寄って、顔を覗き込むようにする彼女。
自分はため息を一つついてから口を開く。
「同じく疲れてはいますが。ま、楽しかったですよ」
「ふふ、ならよかった!」
彼女は笑う。
これが見れるのならば多少の疲労は必要経費だろうかと血迷ったが、やはり割に合わずさらに言えば性にも合わないと改めて思いなおした。
第五話:いままでと、これからについての考察
鳴り響く警報。
それが何を意味するのかは分からなかったが、次のアナウンスで理解する。
市街地にダーカーが発生して被害が発生しているというもの。
ショップエリアのチェアに座り休んでいるところのそれに、腰を上げる。
「さて、そろそろ……」
「うん、行こうか!」
動こうとした途端に聞きなれた声が響く、そのまま腕をとられゲートに連れていかれる。
連行と言ったほうがいいのかもしれない。
その感覚に慣れてしまった自分は抵抗もせずに諦めだけを抱く。
「アイ、貴女は……」
「話は後! とりあえず急ぐよ!」
その顔がいつもの笑みが浮かんだそれではないことに気が付いて、言葉を飲み込み、違う言葉を口にする。
「事情は後で聞かせてもらいますよ」
--------------------------------------------
『まさか過去を変えるときに人を連れてくるなんて』
「すいません初対面ですが私も同意します、本当に。その一言だけで私が巻き込まれるのにおかしい出来事だと思いました」
「だって一人でなんて言われてないし!」
「状況とか諸々考えて人を連れてくるっていう選択肢は真っ先に排除されるものだと思うんですよ、私。そもそも私がここにいる時点でだいぶ変わってる気がするんですがその影響は大丈夫とか考えてるんですか?」
『……僕、君に常識が通じて助かったと心底思ってる』
彼女のサポートパートナー、確かカナタという名前のそれはヒューマンの女の子型のサポートパートナーだ。
だが、今そこから響くのは少年の声。
さらに言えば、現在地点は市街地の居住区。
ダーカーの襲撃がないこの場に連れてきた時点でどうにもきな臭いにおいしかしない。
しかし、彼女がかかわっている以上悪事ではない。
であるならば……とても嫌な想像ができてしまう。
「後でとは言いましたが戦闘しながら説明をお願いします。今、サポートパートナーを通じてコンタクトしている貴方なら説明できますよね?」
『……それは』
「何を聞いても死んでも口を割りませんよ。ただ、ここに居る以上協力したほうがいいということ。事情を知らない上で協力するのは一々指示を待たないといけないので時間が惜しい。以上の二点から説明を求めているだけです」
『……わかった、正直彼女だと不安だったところはある』
「ちょっと待って!? 私貶められた!?」
「大丈夫です。彼女に何かを任せて不安を抱くのはいたって平常な心です」
「待って、追い打ちかけたよね!?」
「ほらさっさと行きますよ。急ぐのでしょう?」
「あ、う、うん! すっごい誤魔化された気がするけど!」
立ちはだかるのは鳥型のダーカー。
幸い変な挙動をするものは少ないので彼女の隣で戦う。
互いに無言、唯一響くのはシャオと名乗った少年の声。
オペレートの合間を縫って語られたそれは、未来から過去を改変するためにここにいてこの先に要救助者がいるという、本来ならば信じられないものではあった。
さらに言えば、この状況は、ルーサーが調べれば、わかってしまうということも。
「まあ、貴女のことですし何に巻き込まれてもおかしくはないですよね」
私は、ただの軽口で返した。
「あっれぇ!? 信じられないとか言われると思ったけど!?」
「貴女が自発的に、居住区域にダーカーがいるとか知れるとは思ってませんし、いるかもしれないって考えてここに来るとも思ってませんから。だとしたら第三者の介入があったとしてみるべき。ですが貴女は自分が納得しないことならば絶対に動きません」
銃撃をダーカーに放ちながら、口を動かす。
「他に要救助者が現れるであろう時にそれを放棄するだけの理由があり、それを貴女が信じられるだからこそここにいる。そうでしょう?」
「……そうだけどさ」
「ならば先の話は真実でしょう。目の前にある事実を受け入れることができずに研究者を名乗るつもりもありませんよ」
『いやあ、すごく信頼されてるねえ、アイ』
揶揄するような口調のシャオに彼女は何も答えずに両剣を振るっている。
まさか、照れたのだろうか。
『とはいえ僕にも予想外だったけど協力者が得られてよかったよ』
「いいですかシャオ。彼女の行動を予測するなんてことは未来が見えない限り……演算できるんでしたっけね、そういえば。ってことは、彼女は未来予測すら超える……?」
『そう考えると凄いことのように思えるけど、実際は脊髄レベルの反射で周囲……っていうか君を巻き込んでいるだけだよね』
「本当のことって時には人を一番傷つけるんだよ!?」
「貴女が傷つかない本当のことって何ですか。というか悪いとは思ってたんですね」
「思ってるよ! いつもついてきてくれてありがとうだよ!」
『怒ってるのか感謝してるのかわからないよね、これ』
会話をしながらも互いの動きは止まらない。
時には彼女の背後を、時には自分の前のダーカーを、ダーカイムを。
撃ち、斬り、蹴り、叩き潰す。
大物が現れるが、データは頭に入っている。
相手の弱点部位をさらけ出させ、出させたのならば二人して集中攻撃。
ただ前へ、先へ。
足を動かす、進み続ける。
「数が多いですね」
ガンスラッシュ……ブロックベロウを両手に握り、飛び掛かるようにしてダガンの背から腹部にあるコアを貫き、体を反転。
その勢いをもって周囲のダガンを切り払い、その範囲外からとびかかってきた二体のダガンに対してカウンターとしてサーペントエアを発動。
相手の攻撃の一部は抜けてきたものの、その代わりに二体のダガンは塵へと消える。
それを視認するより先にさらに二体のダガンがとびかかる。
回し蹴りではじきつつ、後方……彼女が戦ってるところに向けて発砲。
彼女の背後から襲いかかろうとしているダガンの行動を停止させ、それからクライゼンシュラークの体勢を整え、発動。
周囲のダーカーを塵に変えつつ、彼女のほうに多く群がっているダーカーを弾き飛ばすため最後の二発をそちらに飛ばす。
「ありがと!」
「私にできるのはそれが精一杯ですからね。貴女のほうが対処している数は多いですし」
さらに言えば彼女に傷はほとんどないが、こっちは幾度も傷を負っている。
明らかに実力不足、だが、それでも。
「急ぎましょう」
「うん!」
歩を止められない、止めてなるものか。
助けを求める人を助ける力は自分にはなくとも。
きっと、そうだったとしても。
助けようとしている人を、助けることはできるだろう。
いや、できる。
その為にも、今、力尽きることだけは、できない。
「見えたっ!」
叫ぶ彼女の先、そこにはダーカーに囲まれたアークスの制服を着た少女の姿。
さらにソルダ・カピタ、グル・ソルダ、ドゥエ・ソルダそれぞれ一匹ずつの計三匹のダーカーの姿も目に入る。
その中の、槍を持ったソルダ・カピタと呼ばれるダーカーが攻撃態勢のまま彼女に近づきつつある。
絶体絶命、だがまだ生きている、まだ間に合う。
ガンスラッシュの機構を駆動、U字型の刃を収納した銃モードに変更し、今までとは逆の向きに構える。
狙いは、ダーカーとその少女の間。
自分の隣にいた彼女は脇目も振らずに駆ける。
その光景の中、引き金を、引く。
「動きは、読めています」
偏差撃ちで放たれた弾丸は、少女に近寄ったダーカーに予測違わず命中。
動きを止めたところに彼女が両剣を振りかぶりながらとびかかり、貫き引き倒す。
アメン・ホテプという名前のそれは、持ち主が期待した通りダーカーを仕留め、塵へと変えた。
そこに襲い掛かろうとする、他二匹のソルダ・カピタ。
だが、すでにこっちの行動は終わっている。
フォトンアーツ、レーゲンシュラーク。
それは自らを宙を飛び、標的へと突き刺さる矢と化すもの。
自分はすでに放たれ、ダーカーが彼女へその手を伸ばす寸前に突き刺さる。
そのまま左足でダーカーの体を蹴り、ダーカーからガンスラッシュを抜きながら周囲を切り払う。
そこに、トルネードダンスで彼女が突っ込み、ダーカー二匹は揃って塵となった。
「間に合ったね」
「ええ。最近武器を新調したばかりでよかったですよ、本当」
一つため息。
今の自分の武器はブロックベロウ。
雷を纏うそれは、十分な威力を発揮してくれた。
これでなければ私はここまでついてこれなかっただろう。
「あ、あの、ありがとうございました。あなたって、よくシティで会ってたアークスさん?」
「うん。お久しぶりだね、ウルク!」
「お、お久しぶり……。って、こんなことしてる場合じゃない! 早く帰還して任務に戻らないと」
『ダメだよ、帰還しちゃだめだ。君はもう、死んだことになっているからね。試しにデータベースに問い合わせてみるといいよ。君のデータは死亡登録で抹消されているはずだ』
慌てて確認するウルクという名前の少女。
「ど、どうしてそんなことに」
『今の僕にはわからないけど、アイ、君ならわかるんじゃないかな。彼女が生きていた場合の不都合が、何なのかは』
「……わかるよ。正直言って、この時点で、口にしてどうにかしたいとも思うけど」
『相手は、救難信号を握りつぶし、データベースを改竄するような相手。ウルクが戻らないほうがいいのと同時に」
「下手な動きは、危険ってことだよね」
「となるとここでできるのは彼女を保護するだけ、ということでしょうね。ところで真面目なことも言えたんですね?」
「ユウ、本当に私のことどう思ってたの……?」
「聞かないほうがいいと思います。ウルクさん、でしたっけ。歩けそうですか、ひとまず安全な場所まで移動しましょう」
「……はい、ありがとうございます」
自然とウルクに彼女がついていく。
残されたのは自分とシャオ。
そして、ある程度離れたところで口にする。
「シャオ、さん」
『シャオでいいよ、ユウ』
「……シャオ、私のことも、わかっていますね」
『君の所属については知っているよ』
「道中の話の口ぶりからして、ルーサーが敵ということでしょう。実際、彼ならば先に言ったことも出来はするでしょう。なのに何故、私に事情を明かしたんですか?」
『僕は、君をよく知らない。だけども、彼女は僕がよく知る人が選んだ人なんだ。その人が選んだ人だから話した』
「そう、ですか」
『君は、僕達の敵になるかい?』
問われる口調は真剣なもの。
だが、それに対する答えは、とうの昔に出ていた。
「まさか。それを選択することはあり得ませんよ」
『よかった。僕としては信頼できる協力者が欲しいところだったからね。主に彼女のお目付け役というか』
「その役目は放棄したいんですけどもね」
前を向く。
頭の中は、だいぶ荒れている。
それでも、答えは出ている。
だけども、これからどうするかが、見えなかった。
自分がやってきたことが、無駄だった。
誰かの為に戦う人のために、研究をしていた。
虚空機関にいれば、その研究成果がアークスのために使われると、そう思い挫けそうになりながらも歩を進めていたその全てが、無駄だった。
自分の命を費やしたともいえる、それが無意味だった。
「……今は、彼女を追いかけないと」
踏み出す。
それは本当に追いかけるためだけだったのか、わからなかった。
--------------------------------------------
ただ前へ、先へ。
足を動かす、進み続ける。
そうでなければ、抱いてしまった無力感が自分を支配し、崩れ落ちる気がして。
痛みにかまわず、傷にかまわず。
ただ、ただ。
前へ、先へ。
襲い掛かるそれらを、斬り、蹴り、撃ち、塵にしながら。
「はぁ……っ」
息が切れる。
苦しみが胸を締め付ける。
だが、まだ。
まだだ。
彼女はウルクを守って戦っている。
自分はそこに行くまでの防波堤のように、一人前に出ているがそれでも押しとどめられるものは限界がある。
だがここで止まってしまえば、彼女の負担が増える。
だからまだ、倒れるな。
「あ、武器が!」
彼女の声が響く、思わず振り向けば彼女の握っていたアメン・ホテプが折れていた。
だが周囲のダーカーは待ちはしない。
ブリュンダールやソルダ・カピタが襲い掛かる。
自分はバックの中にいつのころからかあったそれを、取り出し彼女へ向かって投げる。
回転しつつ飛んだそれは、ソルダ・カピタを貫き地面に縫い留めながら彼女のいる付近に突き立つ。
彼女はとっさにそれを掴み、ブリュンダールの攻撃を防御する。
「ありがと! ってこれ……ラストサバイバー? ずいぶんと傷があるけどしっかり強化されてる」
「私の、バッグに、いつの間にか、あったもの、です……。今の貴女なら使える、でしょう」
息を整えながら彼女に答える。
武器を持ち替えて投げたことによる隙をダーカーが許してくれるわけもなく。
自分の体はソルダ・カピタにより数か所貫かれていた。
だが、ここで倒れられない。
周囲を薙ぎ払いながら、前に顔を向ける。
そこにはデコル・マリューダ。
先ほどまではゲル・ブルブもいたが、彼女のサポートパートナーと私が囮をしているうちに彼女がフォトンキャノンで打ち抜いて霧散させた。
この周囲のダーカーとそれを倒せば、先に行ける。
「あ、なんかしっくりくる! これならどうにかできそう!」
「それは、よかったです」
だから、動け。
自分の体。
一歩踏み出し、右足一つで跳び、クライゼンシュラークを発動。
周囲のダーカーに対してダメージを与えたところで、彼女が放ったソニックアロウが薙ぎ払っていく。
これで、残るはデコル・マリューダのみ。
彼女が走り行く。
自分も追いかけようとするも、追いつけない。
歯を食いしばり機構を駆動、銃モードにして狙いをつけつつフォトンをチャージ。
彼女が相手の間合いに入ったところで、引き金を引く。
放たれた弾はデコル・マリューダが振り上げた爪をさらに弾く。
その隙に懐にもぐりこんだ彼女が、ライジングエッジで相手の胴を薙ぐ。
後ろをちらりと見れば、きちんとウルクがついてきている。
ウルクに対する壁として、自分はここにいたほうがいいと判断し彼女を追いかけるのではなくてこの場での援護を引き続いて行う。
だが、頭の中の整理ができてないのか、その銃撃の精度が明らかに甘い。
「……っ!」
視界の中で、彼女は切り結ぶ。
幾度、彼女が傷を負ったのかはわからない。
ここに至るまで、彼女に何があったのかはわからない。
それでも、彼女は戦っている。
誰かのために。
『貴様は必ず、後悔する。必ず』
ふとどこかで聞いた言葉がよみがえる。
ああ、その時に自分は何と答えたか。
「惚けすぎだ、自分」
しっかりと武器を握る。
取り落さないように、握った手の痛みが自分を許さないように。
虚空機関に所属して、研究をすると決めたのは自分。
そして、選択とはその結果すらも受け入れることをいうのだと、そう言ったのも自分だ。
だったら、無力感『程度』飲み下せ。
それが今までの自分の否定だろうと、自分が積み重ねたものの否定であったとしても。
選択の結果であるならば、その現実を受け止め抱け。
ああ、まったく。
「甘えてんじゃない」
意識を、頭を、はっきりとさせる。
過去が無駄であったとしても。
現在を無駄にはさせはしない。
「アイ、次の一発で相手の胴を飛ばします。今のうちにチャージを」
「わかった!」
残り一つになった胴に狙いを定める。
相手の動きは十分に見た、だからこの銃弾は必ず当たる。
発射された銃弾が、後ろに下がろうとしていたデコル・マリューダの最後の胴を撃ちぬいて霧散させる。
同時、彼女が放ったライジングエッジがその頭を斬り上げる。
彼女が着地したところにデコル・マリューダが胴を空けて突進するも、それをステップで回避しつつデコル・マリューダの頭にラストサバイバーを突き刺す。
そうして、デコル・マリューダはその体を塵へと変えていった。
--------------------------------------------
「あー、つっかれったー!」
『そろそろサラ達と合流できるかな。でも、彼女は……仕方がないか。彼女にとってショックだってことは、僕にだってわかるからね』
デコル・マリューダを退けた後、周囲にダーカーの気配もない道を歩く。
後ろを見やれば、ウルクはうつむいたままだったのだが、顔を勢いよく上げる。
「あーっ! もう! やめやめ! マイナス思考はやめっ!」
「おー! いいぞいいぞー!」
「うん、へこんだままなんて私らしくないじゃん! 助けてもらったんだから、それをもっと喜ばないと、損! そうだよね!」
『えっ!? え、ええと、うん、そうだね』
「喜んじゃえ喜んじゃえ!」
なんか合いの手入れてる彼女と気圧されるシャオがいる。
自分は少し離れたところにいようと思った。
彼女の声が存外大きかった。
「それよりもアークス! 悪いこともしてるんだろうなーとは思ってたけどさー」
……その考えが足りなかった自分にダメージが来た。
「自分が命の危険にさらされちゃうとは思わなかったなぁ。助けてくれて、ありがとね」
『あ、ああ、どういたしまして。それはいいんだけど、君はショックじゃないの?』
「そりゃぁショックだけど私が喚いたところで何も変わらないじゃん? だったらそれでぴーぴー泣くよりも何かほかのことを考えたり動いたりしたほうがいいじゃない」
ウルクは、吹っ切ったような顔をこっちにも向けた。
「やっとの思いでアークスになったけど、私の思い描いたアークスじゃないのなら。清く正しいアークスを私たちで作り上げればいいのよ!」
今この時になって、ウルクは彼女に似てると思った。
ここで『私たち』と言って自然とこっちを巻き込みにかかったあたり、特に。
そして何より、心の強さが。
ふと見れば、シャオが盛大に笑っている。
心底、楽しそうに。
「シャオ、来たわよってうわ、本当にサポートパートナー乗っ取っちゃってる。って、貴方はどちら様?」
「私は、ユウと名乗るただのアークスですよ。彼女に巻き込まれただけの」
「ふーん、まあシャオが認めたならいっか。で、なにあれ、どうしたの?」
『あははははははっ! その答えを一人で出しちゃうんだ! サラ! ほんと、人ってすごいよ!』
「あれだよ! 楽しいことと嬉しいことがあったんだよ!」
「……心の機微ですから、私からは何とも。ですが、おおむね彼女が言った通りでしょう」
視線をウルクのほうに戻せば、シャオがウルクを見ながら手を伸ばしていた。
「おいでウルク。僕やサラと一緒に。君の居場所はここじゃない。君が望み、皆が待っているアークスというものを、僕たちがもう一度、作るんだ」
その言葉が聞こえたとき。
金属質的な部屋が一瞬脳裏をよぎる。
すぐにそれが何かを思い起こそうとしても、思い出せなかった。
「その姿で言われても、いまいち説得力がないなぁ。でも、私に選択肢はないし自分から望んで進んでいくほうが私っぽいよね」
そうしてシャオの手をウルクが握る。
するとシャオが彼女に顔を向ける。
「これで改変は成就された。……後のことは僕とサラに任せておいて、悪いようにはしないから」
「うん! お願いね! それじゃぁ、帰ろっか」
「そうですね、今回はひどく疲れましたし」
「割と大変なことがあったのにそれで済ますの!?」
「……ええ。それでいいんですよ」
ウルク達に背を向ける。
二人、並んで戻ろうとしたところで。
「あ、あのっ! 助けてくれて、ありがと!」
ウルクの言葉が背に響く。
彼女はそれを受けて頷きつつ振り返らずに手を振った。
同じくこっちも、振り返らずに手を振ることにして、彼女の隣を歩く。
「私からも、ありがとね」
こちらに顔を向けず言われた言葉。
「重い荷物を二人で運んだだけですから」
自分は結局、それだけを返した。
第四.五話 彼と共に歩む道行
私は様々に巻き込まれている。
だけども、今のところそれに挑んでいるのは私一人であることが多い。
その場の協力者はいるにしても、隣にいることは殆どなかった。
だから、だろうか。
彼に対してはだいぶ甘えてしまっているなあ、という自覚はある。
だいぶ我儘を言っているし、やっている。
でも、彼はそれを何だかんだ言って許してくれている。
それに甘えている。
うん、だいぶ甘えてる。
……どうせなら、もっと甘えてもいいのだろうか?
何故か、彼に対して遠慮というものが働かない。
でもこれじゃあだめだと思う。
うん、決めた。
今はもう少し、甘えさせてもらおう。
だけども色々が終わった時に、全部話して、ごめんって謝って、ありがとうって言って。
それで今度は彼の好きなことに付き合おう。
きっとそれも、楽しいことだって思う。
「うん、頑張ろ」
そうやって楽しい先(未来)を思えるならば、私は戦えるから。
マトイや、アフィンや、ユウと、笑って話せるような。
そんな未来の為に。
第四話:奇縁についての考察
ショップエリア、アイテムショップの裏手。
つまるところ、いつもの場所へ来たところそこには二つの人影があった。
片方はアイ。
そしてもう片方の少女は白い露出度の高い服装と白い髪などから彼女がアイの言っていたマトイという少女だと分かった。
分かったが。
「なんで、ここにいるんですかね」
それだけはわからなかった。
「あ、ユウ、待ってたよ!」
こぼした言葉に振り返られて言葉が返される。
元気を絵に描いたそんな様子に、思わず笑いが漏れそうになり堪える。
そして近づけば、マトイという少女はアイの後ろへと隠れる。
「ユウ、顔ってもうちょっとどうにかならないの? 特に目つき」
「私にエステに行って顔を変えろと言いますか。だいぶ失礼なこと言ってるのわかってますか?」
「だってほら、マトイが怖がってるし!」
「それについてはここに連れてきた貴女の責任にさせてください」
ため息を一つこぼしてから、アイの背後に隠れた少女、マトイに視線をやる。
「挨拶が遅れましたが、初めまして。ユウ、といいます。主にアイに巻き込まれてアークス業をやっていますが本分は研究者です」
となるべくにこやかに、挨拶をした。できたはず、できたと思いたい。
「えっと私は……マトイ」
「ふふふ、今回はマトイの人見知りを緩和しよう週間ってことで連れてきました!」
「だったらアフィンのところでいいんじゃないでしょうか?」
「だってアフィンも私と同じで保護した側だから一応の面識あるんだもん! ここは交友の輪を広げようってことでユウのところに来たんだよ!」
「他にも人はいると思いますけども……ともかく、趣旨は理解しました」
だが、何を話したものか。
「ところで、マトイさんとアイはいったい何を話しているのです?」
「主に私が行ったところの話かな!」
「参考になりませんでしたね」
「え、なんで!?」
「攻略最前線突っ走ってる貴女が行ってない場所を私が行けるわけがないでしょう? なんでそんなに不思議そうにしてるんですか?」
「ユウならこっそり行ってそうな気がして?」
「感覚で口にするのやめましょうよ。この間アフィン含めて三人で会話してた時に、アイがムーンアトマイザーって言葉が出なくて『えーと、上に投げるとぴかぴか光るやつ!』って言ったことを忘れられないんですが」
「忘れてよ!」
「あの衝撃を忘れるのは無理ですってば。アフィンとも話してましたけど、結論は『やっぱアイって半端ないな』ってことに落ち着きましたし」
「落ち着かないでよ! もうちょっと頑張って、頑張って別の結論出してよ!?」
そこまで話したところでアイの後ろからくすくすと笑う声が聞こえた。
マトイが笑っているのだろう。
こっちとしては、アイをだしにして笑ってくれたのだから儲けものではあったが、本人はそうもいかないらしい。
「マートーイー、笑ってくれたのは嬉しいけどなんで私がネタにされてるところで笑うかなぁ、もう」
「……ネタの塊だからじゃないですかね?」
「……一瞬そうかもって思っちゃったからこれ以上言わないで!?」
マトイに向かって抗議しているアイの後ろで追撃をしておく。
律儀に振り返って反論するアイの反応が面白い。
「だって、アイ。他の人と話すときと違って、楽しそう」
「うー……確かにそうかもね。ほら、先輩だったり、助けた人と助けられた人だったり、ユウとアフィンだけなんだよね、対等っていうか気を抜いて話せるのって」
「そう、かも。私も、アイに助けられたから」
「アイ、そういうこと考えてたんですね」
「考えてたよ!? なんか気のせいかもしれないけど期待されちゃってる感もあったりとかいろいろあったりとかでなんか息が詰まってたよ!」
だから、と彼女は続ける。
「ユウと話せたり、出撃できるのは嬉しいんだよ。本当の自分を出せるっていうと大仰だけどさ、色眼鏡で見ないっていうか? そういうのがありがたいかなって」
「確かに私がアイに期待することなんてもう少しおとなしくなりませんか程度ですしね。それと、そういうこと言うのはいいんですが、マトイさんの前でいいんですかそれ」
「あ。いや、マトイと話すのが辛いってわけじゃぁないからね!?」
「でしょうね。アイが感じてるそれは、寂しさでしょう。相手との距離が遠く感じているんですよ」
だから、と今度はこっちが続ける。
「マトイさん、あまり気負わず適当に話していいと思いますよ。遠慮とかいらないです。どうせアイも遠慮しないですし」
「失礼な!? さすがに私だってゼノさんやエコーさんには気を遣うよ!」
「そこに私とかが入ってないんですよね」
その理由も先に述べた通りなのだろうとは思う。
だけど人を抱えて最前線へ行くのは勘弁してほしい。
「うん、ありがとう。ちょっと、そうしてみる」
「それがいいですよ。我慢しすぎるのも遠慮しすぎるのも息が詰まりますしね」
「そうだよね!」
「だけどアイは少し位私を前線に叩き込む頻度下げてくれませんか?」
「ふふん、私はできないことを人にやらせたりはしないからね!」
「……その言葉に反論できない私自身が恨めしい。なんで私アークスとしての訓練とかやり始めちゃったんですか」
してなければ今の言葉に反論できたことを考えると本当に恨めしくなってきた。
「あ、道理で動きがなんか、その、えーと、すごかったよね!」
「なんか無理して褒めるみたいな感じになっているんですが」
「言葉が出てこなくて!」
「そういえば、前線に叩き込む、って、どういうこと?」
「ああ、マトイさん、それはですね。アイが私の腕をこう、ロックしてそのまま敵の群れに突っ込むんですよ」
「……えっと、ごめんね。何を言っているかわからない……」
「……そうですよね、普通に何言っているかわからないですよね。慣れすぎてしまいましたね、私」
「あれ、私の中では常套手段なんだけど」
「……実際に、やっているんだなってのは、わかったよ。おつかれさま……?」
「マトイさん、今優しくされると私の中の何かが崩れ落ちそうです」
--------------------------------------------
その後も、何だかんだ会話を続けていた。
主に、いつも通りの会話の中でマトイが疑問に思ったことを聞いてきてそれに答えていくうちにいつもの流れになって、を繰り返していた気がする。
そんな三人での会話も、フィリアがやってきてマトイを健診のために連れて行ったことでお開きになった。
残ったのはいつもの二人。
「アイも、気分転換ぐらいにはなりました?」
「うん。もっとも私はいつもユウと話しているだけでもいい気分なんだけどねー」
「そうですか?」
「そういうもんだよ」
「それならばいいのですけどね」
そう答えて彼女を見れば、物憂げな顔。
ここではないどこかを見るように視線の焦点を遠くへ向けているようで。
「なーんか、巻き込まれてるようでさ。でも、それ自体は別にいいと思ってるんだ。理由も、何となくはわかるから。納得は、してるんだけど」
「重いですか?」
「……ちょっとね」
唐突にこんな話をする彼女。
彼女の話はいつだってこんな風に、前後のつながりが無く始まる。
でもそれは、こっちが彼女の顔色を把握するようになってからそうなったように思える。
「誰かに半分持ってもらえるならばそうすればいいと思いますけどもね。所詮、一人でできることなど、限られているんです」
言葉にする。
その言葉は、自らに向かっても返ってきた。
「一人で抱えこまず、誰かに相談し、助けてもらう。そうやってもいいと思いますよ。だって貴女が、そうでしょう?」
それでも、これだけは言わないといけないと思った。
「貴女が誰かを助け続けるなら、貴女を誰かが助けてもいいはずです。そうでしょう?」
その一言こそが、自分の行動の根幹だったから。
「うーん……難しいかもだけど。でも、そうだね、いざってときは重荷を分け合ってもらおうかな」
「私に押し付けるなら、私が処理できるものにしてくださいね。もっとも、貴女に協力してくれる人はいますよ。そういう人のことは忘れないでくださいね。貴女は決して、孤独ではないのですから」
「……そっか。うん、そうなんだ」
つぶやくように、でもその声からは喜色を隠せない様子で。
「じゃぁあれだ! ユウも一人じゃないからね! 私がいるから!」
「呪いの宣告ですか?」
「酷くないかなぁ!?」
「冗談ですよ」
思えば、私は一人だった。
一人で、自分の目指すところへ向かってひたすら歩き続けていた。
友人との交流などなく、ただひたすら。
自分自身、そうでなければならないような気がして。
だが。
「それに、アフィンもいるもんね。それに、これからはマトイもね」
「怖がられませんかね。あと話題がないのですが」
「だったらほら、話題を探すために行こうか!」
伸ばされる手。
それを取ろうと思ったのは。
振り払おうと思わなかったのは、どこかそれを私が望んでいたからなのだろう。
知らず知らずのうちに、孤独に苛まれていたのか。
先の、一人では限界がある、そんな言葉が自然と出るぐらいには何かの存在を求めていたのだろう。
「今からですか? そうですよね」
「そう言いながらも行く準備してるのはさすがだと思うよ!」
伸ばされた手を握る。
小さな、それでも力を感じさせる手。
この手が奇縁を寄せてきた。
否。
もしかしたら彼女こそが縁の中心にいて、私などはその周囲を取り巻く数多くの一人かもしれない。
それはどこか、面白いと思える。
「こういう時の抵抗は無駄だと思ったので」
「あっはっは! 私はどんな手を使ってでも連れて行くからね! 勿体ないもん!」
「何が勿体ないかは置いておくとして、どこへ行くつもりです?」
「浮遊大陸! 風にあたりたいから! それにまだ隅々まで行ってないから何か新しいものが見つかるかもだし!」
「わかりました、だったら少し待ってくださいね。倉庫から消耗品いくつか持っていきます」
「買いだめしてるってマメだね……」
「いろいろもらったものが倉庫に溜まっているんですよ。使わないとそれこそ勿体ないじゃないですか」
「あ、そういえば私もたまってたからとってこよ!」
並んで歩く。
……ところで、つないだ手を放そうとしているのだが彼女の握りが強い。
まさかこのままいくのだろうか。
試しに黙っていよう、いつ気が付くだろうか?
結論から言えば、ゲートエリアの倉庫に行く途中にアフィンに見られ指摘されるまでそのままだった。
慌てた彼女に振り払われて腕を痛めることになったのだが、わかっていれば面白半分に放置などしなかっただろうに。
第三話:足りない力を補う方法についての考察
気が付くと浮遊大陸にいた。
いや、ここまでの経緯は思い出せる。
ばったりと彼女に会って、挨拶を交わしたと思ったらいきなり、『浮遊大陸に行こうか!』と腕をつかまれてそのまま引き込まれたのだ。
経緯は思い出したがなんでそんなことになったのかは理解ができない。
一度思考を覗いてみたい。
「いっやー! 高いところっていいよね! 空気が澄んでるっていうか!」
「……高いところが好きなのはどんなのでしたっけね」
「待って、今自然と私のこと馬鹿にしたよね!?」
少し先を行く彼女がこっちを振り返る。
横合いからさす日光が彼女の藍色の髪を照らす。
透き通ったそれが青い空と同化するように広がるその光景は綺麗だ、と思う。
その表情が口を少しとがらせた不満げなそれなのが惜しいのかもしれない。
口にはしないが。
「人を出合い頭に引き込んだのは貴女でしょう? 様々な手順をすっ飛ばしてのこれって時点で扱いは覚悟してください」
「私はしたいときにしたいことをするんだよ!」
「それはいいですが、人を巻き込むときはもう少し配慮してください。悲しいことに私はもう慣れてしまったのでいいですが」
「大丈夫、ほかの人ならもっとちゃんとしているから!」
扱いの差についていろいろ言いたいことがあるがあえて黙る。
「はぁ、まあいいですが。それにしても私よりほかの人を連れて行ったほうがいいんじゃないですかね。そろそろ私の戦闘能力は打ち止めですよ?」
「そんなこと言って、最初から比べても動きは格段に良いんだからね、君」
「そうじゃなかったらここまで来れてませんよ、本当に」
「むう、君は自己評価がきっちりできてないと思うよ」
「その言葉はそっくりお返ししますが。攻略速度がおかしいですからね貴女。最前線ひた走っている現状で、縦横無尽に戦場を走る戦い方は常人には真似できませんよ。ただし、細かい隙は多いと思いますが」
「……君がそこまで言う相手に今の今まで追いつけている事実に気が付いていないのが正にその通りなんだけど」
最後に彼女が何か言っていたような気がするが、風に紛れて聞こえなかった。
ふと、遠目に二つの影が見える。
と、同時に隣の彼女が駆け出した。
「ゼノさん、エコーさん、お待たせー!」
「おう、気にすんなよ」
「その子が、君の友達?」
その言葉が聞こえた段階で非常に帰りたくなった。
しかし、こっちから見えているということはあっちからも見えているということでもあり、今から引き返すのも気が引ける。
仕方がないので速足で彼女らのほうへ向かう。
「初めましてのお二人には礼節を欠くことを申し訳ありません。……アイ、どういうことか説明を求めます。私ならばもう『いつものことか』で済みますが他の人を含めるならば説明責任ぐらいは果たしてください」
「ん! 龍族の人にお呼ばれしたから、ついでに!」
「ええ、何がついでなのかとか、それは貴女を信頼して呼んだのに部外者が一人追加されるとか相手はどう思うのかとか、いろいろ言いたいことはありますがそのレベルならまず説明してください、断りますから」
「だから言わなかった!」
「そろそろ貴女の顔面にエイミングショットをぶち込んでも許されると思うんですが」
徐にガンスラッシュに手を伸ばすと、彼女はささっと二人組のうち女性の背後に隠れた。
「はっはっは、面白いやつだな」
「すいません、自己紹介を遅らせてしまいましたがユウと申します。事情も解らぬままここに連れてこられました、よろしくお願いします」
「俺はゼノ、あっちのはエコーだ。よろしくな」
「よろしくね」
ゼノとエコーから差し出された手を握る。
ゼノはヒューマン、赤系統の服を着ている。ややくすんだ色か。
エコーはニューマン、露出が多めのフォースユーザー向けの服を着ている。
持っている武器からするとゼノが前に出てエコーが後ろか。
ふと、満足げに頷いている彼女がいたので、そちらを見やる。
すると彼女は怯えたように後ずさっている。
「な、なんかユウ! 顔が怖いよ。もとから目が鋭くて怖いけど!」
「人が気にしていることを言わないでもらいたいんですけれどね。あと顔が怖いのは貴女のせいだと思ってもらいたいんですが。本当に、なんで私を連れてきたんですか?」
「だってほら、一人よりも二人、二人よりも三人、三人よりも四人っていうし!」
「じゃあ行こうってなったところで戻って人を連れてくることひどさと釣り合わないと思いますが。……本当のところは?」
「先輩二人と龍族の方の前で私がやらかすのが怖いのでフォローをお願いしたいなあと」
「もうすでに、フォロー不可能なまでにやらかしている自覚はありますか?」
快活に笑う彼女にため息を一つ返せば視線を感じてゼノとエコーのほうへと顔を向ける。
その顔は何やら笑顔になっている。
そして何か視線もこそばゆい。
「なんでしょうか?」
「いや、面白いなと思って」
「うん、面白い」
「傍から見ていればそうでしょうね」
巻き込まれる方としても僅かとはいえ楽しんでいる、という事実は口にしない。
彼女のことだ、必ず今を超えて振り回してくる。
だからため息を一つ吐いて言葉の代わりにする。
「龍族の方が待っているのでしょう? だったらば早くいきましょう」
「おっと、そうだね! それじゃ全力前進」
それを言うのならば全速では、と思わなくはなかったが彼女の場合それでいい気がしたので黙っておく。
-------------------------------------------------
道中ダーカーを退治しながら先へ進む。
途中でエコーが高所恐怖症だということが判明などもしたが、おおむね問題はなかった。
彼女の言う通り全力の進軍だったが、それはおそらく龍族を襲うダーカーの存在がそうさせていたのだろう。
「ユウ!」
声を掛けられ、彼女の手が届かない位置にいるブリアーダをエイミングショットで撃ち抜き、仕留める。
そのまま、背後に振り返りガンスラッシュを下から振り上げる。
ダガンが背後から襲い掛かろうとしていたその時を捉えたそれは、ダガンを跳ね上げる。
無防備になったその体に至近距離から射撃、ダガンもまたチリとなって消える。
その様子を横目にガンスラッシュの銃口をアイの顔の横に向けて射撃、アイの肩越しにダガンへとそれが命中し、一瞬後に彼女のダブルセイバーが両断する。
「……疲れるんですけれどもね」
「息ぴったりだね、二人とも」
「ああ、すごいと思うぞ」
「すいません、私の様子を見てください。今の動きだけでもだいぶ参りかけてるんですが」
「ほらほらいくよー!」
「すいません、私の様子を見てください。今の動きだけでもだいぶ参りかけてるんですが」
「壊れたスピーカーみたいになってないでほらほら!」
こっちの手を引く彼女に文字通り引きずられ、あきらめるという言葉の意味をかみしめる。
何かゼノとエコーが微笑まし気に見ていたが、それに気が付かないようにしつつ流れに身を任せている、と。
「あ、コ・リウさん!」
彼女な元気な声を上げる。
こっちとしては今の姿を龍族の人に見られる時点でもうダメージだ。
「〔アークス〕〔増えたか〕」
そうだろうと思う、おそらく私だ。
とはいえ今回私は関係がない、その後に続くアイとゼノ、エコーとコ・リウの話を聞き流しておこうとする。
ぼうっとしていると、何か、ふと、後ろを『振り返らなくてはいけない』と感じ、振り返る。
そこには仮面をした、黒い人影がいた。
「……」
その人影はこっちが振り向いたことについて驚いたのか、たじろいだ様子を見せるも一歩踏み込む。
ここに至り、ほかのものも気が付く。
コ・リウが呼びかける。
だが、その内容の把握はできなかった。
それは、その理由は。
「アイ、お前を殺す。……っ!?」
"この相手だけは自分が相手にしなければならない"と自分の中の何かが叫び続け、それで塗りつぶされていたから。
だから、その言葉がこの空間に響き終わるその刹那。
一撃を、相手の中心に向かい突き入れていた。
相手の反応を上回ることはできず、握ったソードで防がれた、が。
「……他の人は先に進んでください、ええ。コ・リウさんも言いたいことはあると思いますが、申し訳ありません」
連続、動きは止めない。
意志があるものは予想外に遭遇した際に動きを止める。
だが、元より先の一撃は防がれるとわかっていた。
予想されていたことであるならば動きは止まらない。
三度、体の捻りと踏み込みを乗せた斬撃を撃つも硬質音と共に弾かれる。
左足を地面に打ち込むように叩きつけて、弾かれた勢いのまま後ろに下がろうとする体を留める。
「この人は、私の相手です」
相手はソードを横に構え、峰をこちらに向けた防御の姿勢。
対してこちらは、弾かれた右腕を反動そのままに後ろに引き、下から掬い上げるような一撃へと繋げる。
ガードに使ったソードを上に弾き上げようとするも、ガードを上にずらす程度しか動かない、がそれで充分。
ガードの隙間に捻じ込むように、銃撃を叩き込む。
フォトンアーツ、エインラケーテン。
それは仮面を被った人影を後退させる程度の威力は発揮してくれた。
「ユウ……! 無茶しちゃだめだからね!」
「普段の貴女ほどにはしませんよ」
かすかに笑う。
もっとも、視線はずらしていないのでこっちの顔など彼女には見えないだろうが。
「……わかった、ゼノさん、エコーさん」
「ああ、悪い、頼んだぜ!」
「無理はしないでよ!」
足音が遠ざかる。
だがそれは三つだった。
「〔アークス〕〔ここを守る我が役目〕〔お前がどうなろうとも〕〔それは変わらない〕」
「……ありがとう、ございます」
コ・リウの言葉の意味。
それは、私が倒れたとしても、この相手を止めてくれるということ。
その言葉に感謝しか返すことができない。
龍族はアークスにいい感情を持っていなかった。
ここにいるコ・リウもまたそうだった。
だが、今は違うのだろう。
どうしてか、それはアイから毎日何をしたのか報告されていたのだからわかっている。
二人のアークスの行動がそれを成した。
その片方は、彼女だ。
「敵いませんね、本当」
そんな彼女を追いかけようとする己は馬鹿に近い。
止める気はないのがそれに拍車をかけている。
だがそれでも。
目の前の相手と対峙することを選んだ時のように、自分の中の何かが叫ぶのだ。
それは人によっては意思と呼ぶのかもしれないが、自分自身にとってみれば。
「とるに足らない意地ですか」
「……貴様……!」
仮面の人影が、言葉を漏らす。
その声の感情は正確には読み取れない、が。
なぜか、少し悲しそうだと思った。
「悪いですが、先の言葉を叶えようとするのであれば私がここに立ちあなたを相手にする理由には事足ります。本来は戦闘が主ではないんですが……」
得物の機構を作動、剣ではなく銃形態に変え。
「生憎と、そうも言ってられないので」
撃つ。
仮面の人は踏み込みでそれを避け、こちらへの距離を詰める。
そこからの一閃、門外漢の自分がそれを避けるのは難しいはず、だが。
それがどうやってどの位置をいつ通るのかを把握しているのであれば、あとは可能な動きの範疇でそれを避けるだけだ。
だからそうした。
踏み込み。
あえて相手に近寄るようなその一歩、ソードが自分の左をかすめていく。
「避けた……!?」
「何故かあなたの動きは何となくわかるのです。完全にとは言いませんがね」
それは、実力が離れている彼女に追いつくための付け焼刃。
自分は彼女のように自在にフォトンを操っての大立ち回りができるだけの技量がない。
相手の攻撃を上回る力で粉砕するような力もない。
自分を強くはできない、相手も弱くすることもできない。
自分にあるのは研究を進める日々の中で培った視力と集中力。
だからそれらを使って彼女に追いつくための技術。
相手の動きから次の行動を予測し、そこに生まれる隙をつく。
たったそれだけの、自分の戦闘技術。
集中を途切れさせてしまえば、もしくは相手から目をそらしてしまえば、予測の連続は崩れ予測ができない空白が生まれて無意味と化す付け焼刃の技術。
それでも、今この相手にはそれが通用している。
そして相手の攻撃が終わったのならば次はこっちの攻撃だ。
位置関係はすでに、仮面の斜め後ろ。
そして自分の武器にはそこからの攻撃を可能にするフォトンアーツが存在する。
「ぐっ、サーペントエアか……!」
蹴撃と斬撃を浴びせるそれは一方向に留まらず自分の周囲を薙ぎ払う。
だが、後ろからの攻撃すら仮面は対応して見せた。
ソードの峰を使ったガード、弾き飛ばされはしなかったが相手にダメージはない、こっちが放った斬撃と蹴撃がそれと当たる硬質な音が連続する。
さらに相手はこっちのサーペントエアの終わりから、ソードの先をこちらに向けて顔の横に添えるような構えを見せる。
その構えから放たれるフォトンアーツに対し、ガードができない自分はそれを受けることしかできない。
だが、どうせダメージを食らうというのならばせめて痛み分けまでもっていく。
まだ宙にある、だが落ち始めた体を後ろに倒し、一回転の勢いとともにガンスラッシュの弾倉を相手に投擲。
弾倉ごとこっちをたたき切ろうとするライジングエッジにかまわず、投げた弾倉に射撃。
直後、自分の体を衝撃が走り抜けて吹き飛ばされるが、今まで仮面がいた場所に爆発が起きる。
「ぐ、げほっ……」
空中からさらに上に撥ね上げられ、そのまま地面にたたきつけられた自分は、爆発から目を逸らさぬようにしながら立ち上がる。
叩きつけられたときに肺の空気が全部抜けたのか、息苦しさを感じる。
煙の向こうからほぼダメージのない仮面の人がこちらに向かって駆ける。
「まったくあれを乗り切るとか嫌になってきますね!」
横からのソードの一閃。
重さを感じさせない一撃を身をかがめるようにして回避の態勢をとる。
自分の頭上をソードが凪ぐ、それに合わせ銃口を上に向けたガンスラッシュをソードに押し当て、上へと押し上げつつ銃口とソードの間を少し開けて銃撃。
予想外の方向に入った力に、僅かながら相手の体制が崩れる。
その隙に、突くようにガンスラッシュを繰り出す。
胴を狙ったそれは、後方へのステップによりかすめる程度の被害しか与えられず。
代わりに、構えがほどんどない状態からの横薙ぎのソードを返される。
距離を詰めるどころか交代を余儀なくされたため、後ろに大きく飛びずさる。
間が広がり、思わずこぼす。
「参りましたね、これは」
「戦闘が主ではない、と嘯くとは。道化か?」
「いや、本心ですよ。それを突き詰めるような生き方を私はしていませんから。だから、間は無理や無茶で埋めて詰めるしかない、そんなものが戦闘を主だなんて言えません」
「……貴様は……!」
仮面の人はそれきり黙る。
気のせいでなければ、今の言葉には憤りが僅かに見えた、そんな気がした。
「千日手だろうと付き合いますよ。私の目的はあなたの打倒ではありませんから」
「貴様は、アイツに、そこまでをする価値があると思っているのか」
「価値など知りませんよ。そんなものを判断するのは商人の領分です。素人目に価値なんて計るものじゃないですよ」
薄く、笑う。
人に言うことではないが、目の前の相手には『言わないといけない』気がして。
そんな気分がひどく、面白いと思った。
「私は彼女が彼女であるからこそここにいる。困ってる人を放っておけなくて、ただ我武者羅に突き進んで。後ろを見ないような彼女だからこそ私がここに在る」
「……アイツは、周囲を巻き込んでいる」
「そうでしょうね。ですが、それも悪くはないと思っているんですよ。きっと私は、この先に何があろうともその結末を受け入れるでしょう。選ぶというのは、そういうことだと私は思っていますから」
たとえそれが、どんなに最悪なものであっても。
選んだ以上は、受け止めるしかない。
その覚悟を踏まえての、選択だ。
「貴様、は……」
先ほどから会話を交わしている相手との間は変わらない。
武器を構え対峙しているだけ。
そしてその奇妙な対峙は。
唐突に終わりを迎えた。
「……貴様は必ず、後悔する。必ず」
その言葉を残して、仮面の人消え去ったがために。
「……終わりました、ね」
周囲を見渡して、もうあの人影がないことに気が付いて、へたりこむように腰を下ろす。
「あー……生きた心地全然しませんでしたね」
同じことをもう一度やれと言われても断りたい。
「とはいえ、また戻ってこないとも限りませんか……」
「〔アークス〕〔先に行った者は〕〔お会いになっている頃〕〔もう〕〔守る必要もない〕」
立ち上がろうとしたところに声がかかる。
それは今まで見守ってくれた龍族の声。
「ありがとうございます。今の言葉と、そして見守ってくれたことについて」
「〔我は知っている〕〔逃がせぬ戦い〕〔あることを〕」
それだけ返して彼は去っていく。
彼は居るべき場所へ帰るのだろう。
であるならば、自分もそうすべきなのだろう。
だが。
「私の本来居るべき場所はどこなのでしょうかね」
思わず口をついて出た言葉に、薄く笑う。
虚空機関の研究者としての自分と、アークスとして彼女の隣にいる自分の果たしてどちらが自分のあるべき姿なのか。
まだ、答えは出なかった。
第二話:彼女と彼女の友人に対する考察
翌日、同じくリリーパの地下で集合と言われたのでおとなしくいくことに。
無視した場合の後が怖い。
するとそこには二人の人影、挨拶もそこそこに彼女からの紹介が入る。
「というわけでこっちはアフィン! で、こっちが……」
「ユウ、という名前の研究者ですよ。気軽に呼んでもらえれば。ええ、普段から名前を呼ばない人もいますから」
目の前の金髪の青年に笑って挨拶をする。
いくばくか、隣でにっこり笑っている彼女への刺を込めて。
「よろしくな、ユウ。しっかし、相棒って顔が広いな」
「ふふん、まあね?」
「……今そこで得意げにしている人が私を押しつぶしたことがきっかけで、出会うことになったわけですが」
「……相棒?」
目を丸くして彼女を見るアフィン。
その反応もむべなるかな。
彼女は吹けない口笛を吹く仕草をしつつあさっての方向へ視線をやっている。
「なお、私はディメイトを使う羽目になりました。シップ内で」
「相棒……」
アフィンの声音が呆れを含んだものへと進化した。
彼女の仕草も、視線を明後日の方向へ向けつつ前進するというものに進化した。
逃げる気だろう。
それを見送る男二人、顔を見合わせてそのあとをついていく。
「意気揚々と前に進んでる人が暴れ始めたら適当に銃撃しましょうか」
「俺はそれでもいいけどユウは近接もできるんじゃ……?」
「研究者は近接戦闘がメインじゃありませんし、そもそもですね……彼女が暴れてる中に突っ込みたくないです」
彼女のほうを見る。
いつの間にかにエネミーを発見した彼女はすでに突っ込んで大立ち回りを繰り広げていた。
かまいたちをまき散らし、時に飛び上がり豪快に両剣を叩きつけ、地面についたと思った次の瞬間には両剣を投擲して相手を串刺しにする。
その動きは効率的かつ、洗練されたもの。
アークスとなって短い時間であるはずなのだが、歴戦の兵を思わせる……経験が蓄積されたような動き。
さて、その中に自分が飛び込んだらどうなるだろうか。
まずかまいたちに巻き込まれて裂傷が発生、次に投げられた両剣が自分の体を掠めて裂傷。
その後彼女の動きに合わせられずに、ぼろぼろになった自分の姿しか思い浮かばない。
「……納得しちまった」
現在絶賛大立ち回り中の彼女を見て、アフィンが頬を引きつらせつつ答える。
初対面ではありながらも確実に心は一つになっていた。
おもむろに、フォトンアーツのパレットを遠距離主体のものに変更。
彼女から不満が出るかもしれないがそこはそれ、その時に考える。
「さて、あの暴風のサポートでもするとしましょうか」
ガンスラッシュにある機構を起動し近接攻撃モードから遠距離攻撃モードへとシフト。
持ち上げ、構え、狙い、フォトンを注ぎ、撃つ。
遅い弾速ではあるが、偏差を考慮して撃ったそれは狙い違わず彼女の背後から攻撃を仕掛けようとしていたエネミーへと当たる。
一瞬の硬直と軽微なダメージを与えただけだが、それでいい。
その一瞬の硬直が途切れるころにはすでに彼女が振り返り様に振るった両剣によってそのエネミーは砕け散ったのだから。
「暴風とは言いえて妙だよな。っと」
アフィンもつぶやきながらバースト銃撃の後、まるでガトリングかと見紛う連続射撃を行う。
それはエネミーの一体を集中的に穿ち、彼が射撃を止めてアサルトライフルを跳ね上げるようにして構えなおしたころにはそのエネミーは力尽きていた。
「やはり皆慣れていますね、私は果たして力になれているものか……」
彼女への支援射撃を途切れぬようにしながらもぼやく。
その後、数度射撃での支援を行ったところで、決着がついた。
彼女が暴れていた場所には機構種の残骸しかない。
毎回この光景を見るたびに戦場跡に一人立つ悪鬼みたいな印象を抱く。
こんなことを彼女に言えば両剣で叩き切られかねないので口には一切出さないが。
「なんでこっちに来ないのさーっ!」
彼女から抗議の声が上がる。
何度言えば彼女はわかるのだろうか。
「だから私は戦闘員じゃないんですってば」
「嘘だっ! 次から強制的に前だからね!」
「いや貴女勝手に前に行くじゃないですか」
憤慨する彼女にため息を吐きつつ呆れたように返す。
するとおもむろに彼女が近寄ってきて。
「だったらこうすればいいでしょ!」
と、こっちの腕をとってきた。
傍目から見ると腕を組んでいるように見える。
いや、ようにではない、組んでいる。
詳細に意識をすると面倒なので濁すが、いろいろと当たっている。
「とっさの行動がとれないんですが」
「問題ない!」
「問題しかないのわかってくれませんか?」
アフィンに助け舟を求めるように視線を向けた。
アフィン、なぜサムズアップをしている。
視線曰く『巻き込まれたくないから頑張ってくれ』だろうかこれは。
「さぁいくよー!」
「……もう勝手にしてください」
言葉の通じない相手に何を言っても時間の無駄、つまるところ諦めることも大事な気がした。
だがアフィン、後で覚えておけ。
-------------------------------------------------
その後、結局彼女に巻き込まれて幾度の戦闘を行った。
この一文を実状に当てはめて正確に記載するならばこうなる。
彼女がエネミーを見つけるたびに私を引きずりながら駆けていき、私の腕を抱えているのを忘れて跳躍。
そのまま両剣を両手で握りしめてエネミーにダイブしながら一撃を加える。
空中で放り投げられた自分は空中で無理矢理ガンスラッシュを変形、レーゲンシュラークの態勢をとって、地上にいる手ごろなエネミーに対して突進を行いつつ着地。
そのままガードができない身の上でエネミーに囲まれた中大立ち回りを行う。
何度考えてみても正気を疑いたい。
なんで人一人抱えて跳躍する?
あまつさえ結構な重量だと思うのに何故毎回忘れる?
二度目からは忘れやすいんだと思い、三度目からは何言っても無駄だと察し。
五度目以降は『この人さてはこっちの存在認識してないな』と確信した。
アフィンの援護がなかったら非常に大変なことになっていた。
前のサムズアップ事件については忘れておこう。
そんなこんなで先に進んだ現在、今は瓦礫が前をふさいでいるところに、たまたま通りかかった彼女の友人のキャストが発破仕掛けて爆破していた。
アフィンが何かツッコミを入れていたが、こっちはそれに反応する元気もなかった。
がんばれアフィン、こっちはもう少し休ませてくれ。
リリーパ族を見れたのでコンタクトを取りたいとも思ったけどもその元気すらないのだ。
離れたところで様子をうかがっていると、アフィンがこちらに歩いてくる。
「なあ、ユウ。頼むからどうにかしてくれよ……」
見やれば、彼女とキャストの少女はリリーパ族を絡めて何か話し合っている。
すごく楽しそうだ、そしてこの後も巻き込まれる予感しかしない。
「悪いですねアフィン。今の私のその気力はありません。ええ、HPやらPPやらそんな問題じゃないんです。精神が削られてるんです。これ以上行くと彼女の頭をガンスラッシュでどつきかねないんです」
「さっきまでのを見てるとやっていい気もするんだけどな……。役得じゃねって思ったけどもそれに不釣り合いの理不尽を味わってる気がするしよ」
美少女に抱えられて戦場に叩き込まれることのどこに役得があるのだろうかと一瞬考えた。
美少女ってところか。
「だんだんと彼女をアークスではなくて一種の異常気象だと思うようになりつつあります。巻き込まれたらどうしようもないとかそういう意味合いで」
「でもなんでこうやって付き合ってるんだ? さっきの出会いの話をちょっと聞いただけでも友好的なもんはなかったようにも思うんだけどよ」
「そうですね。シップ内歩いていたら上から押しつぶされるとか、どう考えても友好的なものにはなりえませんね。ですが……」
この先の言うのかどうかは迷ったが、胸襟を開くのであればこっちからだろうとも思い話すことにする。
自分のことを知っておいてほしい、という思いをわずかながら抱くのは顕示欲かはたまた別の何かだろうか。
「行き詰っていた私が、また動けるようになったのは彼女がきっかけですからね。悪いようには思えなかったんですよ」
「行き詰っていた?」
「ええ。私は研究者が本分ですが、分野は回復関連の道具に関するもの。……正直、現状で完成されているようにも思えてしまう分野です」
モノメイトをはじめとした回復アイテム。
その最上位は全回復というもの、それ以上をどう求めるのか、その時点で自分は動けなくなっていた。
「どこから手を付けていいのかわからなくなり続け、あきらめようとした矢先に……彼女に押しつぶされましてね」
「そこは出会った、にしとこうぜ……」
「ははは。ですがまあ彼女……アイは、一刻も早くクライアントオーダーの依頼人に報告したいと思って、急ぐあまりにやったようでしてね。待っているだろうから、って。そんな、人のために一生懸命な彼女を見て思い出したんですよ、自分がこの道を歩むに決めた時の思いを」
それは理想で、そして的外れで。
人から見たらガラクタや不良品にも思えるのかもしれない。
何を言っているのかと笑われるのかもしれない。
けれどもきっとこれは、自分が自分である限り決して捨てることができないのだろう。
自分が死んで生まれ変わっても変わることはないという確信すらある。
「誰かの為に戦う人がいるというのならば、その人の為に戦う人に私はなりたかった。……彼女は、誰かのために戦っている人です。それを目の前にして、諦めるわけにはいかない、そう思ったんですよ」
「……」
「だから本来の私の戦場は研究という分野です。が、それでもこうして彼女と共に戦うのも、私の原初の思いに沿ったものですから」
だからたぶん、彼女が彼女のままであるならばきっと私は巻き込まれていくのだろう。
口では多少愚痴を吐きながらも。
「私のできることなど、彼女を100としたら1程度。ですがそれは決して、0ではない。だったら私みたいなのがいる意味も、僅かながらあるでしょう」
「ユウは……なんか、うまくいえないけどよ……」
「人のことをうまく言うことは難しいですからね。無理して何か言わなくてもいいですよ。アフィンが気を害してさえいなければ、私はいいですから」
「いや気を害したわけじゃないからな。ありがとよ」
「いえ。ああ、ですが今のは彼女には内緒にしておいてくださいね。気恥ずかしいですし」
「頼まれたって言いやしないよ、ユウ」
話の終わった彼女がこちらへと歩いてくる。
キャストの友人とリリーパ族がともにいることからこの先も同行するのだろう。
「ほら、せっかくフーリエが道を開けてくれたんだからいくよ!」
「開けるというには豪快が過ぎる気がしますが」
「爆破だからな」
「細かいことはいいの、さぁいくよ!」
「あ、これまだ継続なんですね」
こっちの腕をとった彼女、再びあきらめの感情が自分を支配する。
ふと見やればアフィンは面白そうに笑っていたが、その顔は前よりもどこか柔らかかったように思えた。
なおキャストの彼女……フーリエからは何とも言えない視線を感じた。
リリーパ族はなんかおびえた視線を向けている。
そろそろ泣いても許されるのではないだろうか。
-------------------------------------------------
その後さまざまな仕掛けを乗り越えたその先には、守護者とも思われるトランマイザーがいた。
トランマイザーもこの戦力であれば問題なく倒すことができた。
この一連の間あった出来事について詳細は思い返さないが、その時皆で交わした言葉はいまだに覚えている。
「リリーパ族のほうに行った、いっけぇ、ユウ!」
「え、今ユウさんがギルナスに向かって投げられ……!?」
「あぶねぇ! ユウ、援護すんぞ!」
「必殺、ユウミサイル……! アークスの歴史に名を刻んでしまったか……!」
「絶対悪名ですね、それ。あ、ギルナス分離したのでアフィン、コアを!」
「おう!」
「スパイルザイルってかわいいと思わない? こう、最後ひっくり返るこの感じが……」
「あ、あぶないですよアイさん! そろそろ爆発します!」
「観察するのはいいですが私を離してくださいよ……って腕が外れない!? 何ですかこの人の膂力!?」
「だーっ! 今とどめ刺すから相棒もユウも動くなよ!」
「シグノビートに攻撃が当たらない!」
「アイの攻撃は大雑把ですからね」
「本当のことが本人を一番傷つけることもあるんだよ!」
「自覚あったんだな、相棒」
「こういう時はランチャーでドカーンですよ! いきます!」
「トランマイザーに攻撃が当たらない!」
「アイの攻撃は大雑把ですからね」
「本当のことが本人を一番傷つけることもあるんだよ!」
「さっきもやったよな、相棒」
「こういう時はランチャーで……外れた!?」
「やーい! フーリエも外したー!」
「見てくださいよアフィン。自分の失敗を棚に上げて仲間の失敗を指さして笑っているあれがアークス期待のルーキーですよ。アークスの未来は明るいですね」
「……実質トランマイザーと戦ってるのがユウと俺なのも含めて涙が出そうだ」
「腕のロック外れたのはいいですけど、結局私が前衛やってるのは何かの間違いだと思いたいです」
……さっさと忘れたいとも思う。
何はともあれ、彼女は何かのパーツと思われるものを探索の果てに入手した。
それが何であるかは、きっと彼女が調べて明らかにするのだろう。
「珍しく、大規模な探索でしたね」
ショップエリアの片隅で一人ベンチに座りぼやく。
一人でいるときには決してなかったものだが、中々どうして、悪くはないと思えてしまった。
「あ、ユウさん。こんにちは」
「おや、テオドールさん。お疲れのようですね?」
そうしてぼんやり過ごしていると、ニューマンの青年から声をかけられる。
テオドールという名前の彼は、戦闘……主にテクニックを扱う方面での才能がずば抜けている。
それでも評価があまりされていないのは、本人に積極性がないことがあるのだろう。
おどおどとしていた彼だったが、フィールドワークの際に遭遇しそれが縁で話す間柄となっている。
「ええ……任務に行ってきました。やっぱり戦闘は面倒です。不実だと、わかっているんですけれど」
「人の心ばかりは致し方がないところがありますから」
ただ、彼がそう消極的なのは、アークスになれなかった彼の友人に対する負い目の表れなのかもしれないとは思う。
テオドールは、優しい人物だと思っている。
だからこそ、負い目を抱いてしまいそれが彼の枷になっているのではないかと思う。
「ユウさんはどうしたんですか……」
「多少疲れていたので一休みと。……友人の手伝い、に行きましてね。らしくもなく、銃剣を振るっていましたよ」
彼女を友人と呼んでいいのか少し迷ってからそう返す。
友人の定義など私にわかるわけもなかった。
「そうだったんですね……。なら疲れているところをお邪魔しても悪いですね。それじゃ、私はこれで」
「ええ。テオドールさんも体を休めてくださいね」
去っていく彼の背を見送ってから、自分も席を立つ。
ふっとショップエリアのモニターを見て、そこにある情報を口にする。
「アイドル来日、ですか。あまり興味はなかったのですが」
最近になって人のつながりが増えた。
その際に話せるネタにはなるだろうかと考えて。
「物は試し、見てみるのも悪くはないですよね」
そう考える自分は、彼女との出会いで変わったのだろうと思え、笑ってしまった。
第一話:超新星のルーキーと研究者の体力についての考察
自分と彼女は、何もかもが違う。
自分は虚空機関に所属している研究者兼アークスでもあるし、彼女はアークスの修了任務時点から女の子一人を救出するという超新星のルーキー。
だから、この結末は決まり切っていたことだった。
「だらしないなー!」
「いろいろ言いたいことはありますが言わないでおきます」
愛用の銃剣……ガンスラッシュゼロを杖のようにして体の体重を預ける。
さすがに、精神的にも肉体的にも疲労が激しかった。
思わず、彼女を下から睨むような目線を向けてしまうのは許してほしい。
なんでこの人、腰に手を当てて胸を張って得意げな顔をしているのだろう?
豊かな胸をアピールしたいのならば私以外の人にしてほしい。
「いやー、それにしてもワクワクするね!」
「リリーパの地下にこんな空間があってそれを見れたのは嬉しいのですけどもね。ただ、ペースがハイペース過ぎてついていくのがやっとなんですが」
「大丈夫大丈夫」
「そりゃ貴女は大丈夫でしょうよ」
息を整えて立ち上がり、腰へと武器を収納して見渡す。
ギルナス……上半身と下半身とコア部位に分離する二足歩行の中型機甲種などの残骸がいまだ放電を続けているのが見えて、それ以外に動くものはない。
「もともと近接攻撃得意ですし、肉体的にも自信ありそうですからね。さっきもトルネードダンスで突っ込んで、そのまま暴れていましたからね貴女」
トルネードダンスは自分ごと武器を回転させてそのまま相手に突っ込むフォトンアーツ。
つまりは目の前の彼女は敵の群れに突っ込んでその中心で大立ち回りをしたわけだ。
私はそのサポートということで、レーザーを撃ちそうなギルナスを相手に斬撃と蹴撃を叩き込んでいたり、そのあと分離した飛び回るコアを撃ち落としたり。
射撃体勢に入っているガーディンの体勢をエインラケーテン……打ち上げから広範囲の射撃を放つフォトンアーツで崩したりなど、それなりに忙しく動いていた。
「や、だって君だからね! サポートはしてくれるって信じていたもん」
最初の出会いから幾度も目の前の少女とともに出撃はしているため、互いにある程度動きはわかっている。
そのためか、私も彼女のサポートについては上手くなったという実感がある。
「見ているほうの心臓にはあまりよろしくないんですけどね。とはいえ正直、こっちに攻撃集中されても捌ける自信がないので助かってます」
「ふふん」
なんともいえない顔でどうだ、と言わんばかりの顔でこっちを見ている彼女。
再び胸を張って見せているが、それについては特段何も言わないほうがいいだろう。
「……君、なんかすごい失礼なこと考えてない?」
「……まさか」
「その間は何さーっ!」
顔を赤くしてこっちを睨んで拳……というか握ったその武器をこっちに振り下ろそうとするのはさすがに殺意が高いので思わずよける。
彼女のもつ両剣はノイズブローヴァ、希少度も威力も私の持っている武器より数段上をいく。
つまるところ、強い。
そんなもので殴られたら自分が無事じゃないぐらいには。
「危ないじゃないですか」
「むぅ、まさか避けられるとは」
「まさか当てる気だったとは」
この人怖い。
「で、目的のものは回収できたんですか? 『どうしてもギルナッチから回収したいものがある!』っていうんで付き合いましたけど」
「うん、さっきので拾えたよ。にしても、ギルナスとギルナッチの混合編成は面倒だね」
「双方ともそれなりに耐久力ありますからね。ギルナッチに至っては周囲の回復もしてきますし」
ギルナッチは分離前のギルナスを黄色にカラーリングしたような機甲種。
攻撃性能という意味ではギルナスに劣るが、今口にしたように回復能力を保有し耐久力もある厄介な相手ではある。
「だいぶ楽できてるけどねー! うん、やっぱ一人より二人だね」
「そういえば同期や先輩方と一緒に行ったりしているみたいですね」
「うん、でも君とが一番多いけどね今のところ」
なんともなしに歩き出す彼女に続いて歩きだす。
最深部まではまだまだ距離はあるだろう。
「そうなんですか? ……そういえばこれで十二回目ぐらいでしたっけ。存外多いようにも思えますね」
「縁ができたしね。それにほら、先輩たちはなんかお願いするの理由がないと気後れしちゃうし、アフィンは本人も探し物で忙しいからなかなかね」
「なるほど。つまり大概暇している私に白羽の矢が立ったと。ふむ、それにしても探し物ですか……」
「うん。見つかるといいなぁって思っているんだけどね。何を探しているのか教えてくれれば私も手伝えるんだけど」
「その人が自分自身で見つけたい、もしくは自分自身で見つけることに意義がある場合がありますし、伝えたら伝えたで確実にあなたを巻き込むのがわかっているからではないですかね?」
彼女から漏れ聞こえるアフィンと呼ばれる彼の人物像を想像しつつ答えを返す。
「うぬぬぬ……」
「大体、人には言えないことの一つや三つあるものです」
「それは多すぎなんじゃないかな」
「そうですかね? 大なり小なり、人ってものは結構人には言えないことを抱える生き物だと思っていますけど私は」
何かその言葉に、思い出したような様子を見せた彼女は視線をそらしつつ。
「……そうだね、四つや五つや十つぐらいあるよね」
「それは多すぎでは?」
それを告げてから、とたん早歩きになって先行を始めた彼女。
その背を追いかけつつ、適当に遭遇するエネミーを倒しつつ進んでしばらく、遠目に編隊を組んだ飛行物体が見えた。
「おや、ガーディン達がいますね」
「あー、面倒だね。高度を合わすための踏み台になりそうなコンテナも近くにないし。今確認したらガーディナンからも回収しないといけないのあるんだけどなー」
「ジャンプで叩き落すのも面倒ですよね。近づくとセンサーに引っ掛かりますしね、あれ」
宙に浮いて編隊を組んでいるエネミーを見る。
ガーディナンと呼ばれる機甲種を編隊のリーダーとし、その部下としてガーディンと呼ばれる機甲種を引き連れる。
センサーを展開しており、察知されると他の機甲種を呼び寄せるため、近接戦闘が主であれば抹消面から突っ込んだ場合ほぼ間違いなく感知される。
なお、対処方法としてはセンサー感知されてから実際に呼ばれるまでの時間に倒す、というものもあるが……宙に浮いている相手であるため、一部の武器では面倒ではある。
「というわけでお願い! ガンスラッシュなら遠距離攻撃できるでしょ?」
「……一応研究者って戦闘が本分ではないのですけど」
「今更じゃないかな!」
十回を超える出撃を共にしているのならば、それもそうかと思ってしまった。
溜息一つ、銃剣を抜刀する。
「あれぐらいなら、こっちのほうが楽ですね」
銃剣を構えて腰を落とす、照準をガーディン達の中心、ガーディナンに合わせる。
フォトンを武器と体に纏わせ、思いっきり地面を蹴り、跳ぶ。
一直線にガーディナンへと向かって突進、体が宙に浮いている感覚を味わう間もなく銃剣がガーディナンに突き刺さる。
足でガーディナンを蹴り飛ばし、その勢いで銃剣を抜きつつ体を捻り周囲を銃剣で薙ぎ払う。
薙ぎ払っている最中に取り出した銃剣の弾倉をガーディナンに向かい放り投げ、体を後ろに倒すようにして後方宙返り。
今度は縦に回り、正面に向いたタイミングで放り投げた弾倉を撃ち抜けば、爆発。
ガーディナンも、その周囲にいたガーディンも薙ぎ払いからの爆発に巻き込まれて力を失って墜落するのが見えた。
「呼ばれる前に倒せましたね」
宙返りから着地して、今までガーディン達がいた場所を見る。
レーゲンシュラークと呼ばれるフォトンアーツからスリラープロードに移行する一連の攻撃。
エイミングショットと呼ばれる射撃フォトンアーツでガーディナンを撃破し、隊長機が消滅した混乱の間にガーディン達を倒してもよかったのだが、面倒だ。
相手に近寄らないといけないことも考えれば、これでよかっただろう。
「なんか私より派手なことしてないかな?」
「銃剣のフォトンアーツって存外大きい動きのものが多いんですよ」
なんかじとっとした視線を後ろから感じて、言い訳する必要もないが目線をそちらに向けずに口にする。
「それに見た目は派手ではありますがそこまでの威力はありませんからね」
「ふーん? でも今のでわかったよ!」
「何がです?」
なんかろくでもないことをいうのではないか、という予感に思わず振り返る。
「これからは後ろからじゃなくて一緒に前でても大丈夫だって!」
やはりろくでもないことだった。
「すいませんさっき戦闘が本分ではないって言いましたよね?」
「実績あるじゃん、ほら!」
ガーディンの残骸を指さされてもその程度で実績って言われたらそっちの実績相当なものになることを理解しているのだろうか?
「そうと決まったらサクサク行こうかー! 今までは君に合わせてたけどそうしなくても大丈夫そうだし」
信じられない言葉を聞いた気がする。
「あ、あとこれから結構呼ぶからね! やっぱ先輩呼ぶのとか気がひけるし!」
「貴女は自分が押しつぶしてディメイトを消費させた相手を呼ぶことについては気がひけないのですか?」
「そこはそれ! これはこれ!」
「清々しい理論ですね」
言われる側でなければ、という言葉を飲み込んでため息を一つ。
毒を食らわば皿まで、とは誰が言ったのか。
こうして関わってしまったのならば、このまま振り回されることにしよう。
彼女の人徳か、こうしてやり取りが多少は心地いいとも思えているのだから悪縁というわけではないだろう。
「さしあたって、また今度私の友達と一緒に来るからさ、その時にお願い!」
「はぁ。初対面ですが大丈夫です? 連携とか」
「ん、大丈夫。あっちはレンジャーだから、遠距離メイン。そして君はどっちも行ける、だから大丈夫!」
それはこっちがどうにか合わせてくれということだろうか。
いや、別に否やはない。
レンジャーがいるのであれば弱化弾……ウィークバレットの存在もある、大物相手の殲滅能力は格段に跳ね上がる。
両剣使いの彼女の得手は集団戦、そしておそらくは最高戦力。
ならば比較的不得手であるところを埋めるのは良い。
「ちなみに場所はここね! いつもの場所で待ち合わせね!」
いつもの場所というのは、ショップエリアのアイテムショップの裏手。
私が彼女に潰されてから介抱のために一時的に運び込まれた場所でもある。
「わかりましたよ」
かすかに息をつきながら、私は笑う。
目の前の彼女の、屈託のない笑顔につられたかのように。
プロローグ:あるいはエピローグについての考察
これは、二つの線が絡み離れる物語
ショップエリアのアイテムショップ、その裏で私はため息を吐く。
今、目の前の彼女から近況報告ということで話を聞いているがその内容の濃さが濃さだった。
「……聞きたいのですが、貴女。アークスになって一月経っていましたっけ?」
「やだな、そんなわけないじゃん! 明日で一月だよ!」
確かに、私の記憶が何かに改造されたとかそういうわけでもなければそういうことだ。
「今までナベリウス、アムドゥスキア、リリーパの三惑星で任務ですか。働きすぎでは?」
「えぇ? そっかな?」
首傾げてますねこの人。
ワーカーホリック予備軍ではないだろうか?
「でね、それでね? アキさんとライトさんと一緒に火山洞窟に行ったんだけど……」
身振り、手振りを交えての近況報告が再開される。
彼女が着ているのはオーヴァルロードと呼ばれる、肩を出したタイプの服で、袖口が大きく広がっている。
そのため、邪魔にならないかとも思ったのだけど、問題はないようだ。
最も、彼女は両剣を使っていることから近接戦闘を主にするタイプ。
普段から激しい動きをしているのだから、この程度では問題になってないのもうなずける。
「……聞いてる?」
「聞いていますよ。ヴォル・ドラゴン……いえ、ヒ・ロガさんと戦ったのですね」
思考を続けていてもきちんと話は聞いている。
今は彼女が、アキとライトとともに火山洞窟に行き、そこで浸食されたヴォル・ドラゴンの浄化をした話だった。
戦闘場面の話についてはやけに臨場感がある語り口だったのが印象的だ。
なぜか口でどごーんとか擬音を口にしていたけども。
「そうそう。……浸食されて同族に襲い掛かっちゃうとかやだなぁ。私とかも、襲い掛かったりしちゃうのかな?」
「大丈夫でしょう。フォトンがありますし」
「なんというか、それさえ言っておけば大丈夫みたいな感じでテキトーに言ってない?」
じとっとした目から思わず視線を逸らす。
正直に言えば、彼女の青い瞳と長い藍色の髪、そして何より彼女の顔をじっと見ているのは心臓に悪いからなのだが。
あまり人づきあいが得意ではない自分にとっては、整った異性の顔など精神的に負荷がかかるものだ。
「むぅ。あ、そうそう、君さえよければなんだけど今度一緒に任務に行こうよ!」
「はっきり言えば私役に立たないですよ?」
「うっそだぁ!」
「上から降ってきた女の子に押し倒されて潰される程度の技量ですから」
「それは忘れて!」
顔を赤くし、潤んだ瞳に睨まれて、再び視線を逸らす。
さすがの彼女も恥ずかしいらしい。
私と彼女が出会った経緯がそれなのだからなおさらなのかもしれない。
「冗談はともかくとして、いいですよ。私も体を動かさないとまずいですしね」
「うんうん! んじゃどこいこっか? あ、龍族に会いに火山洞窟でいいかな!?」
「いいですよ。話に聞いた限りでは貴女と一緒ならいきなり攻撃はされなさそうですし」
「うんうん! 決まり! それじゃ、また今度ね!」
話は終わったとばかりに手を振って駆けだしていく彼女を見送る。
いい笑顔浮かべてるが、最初の出会いから今まで彼女に振り回されていることの対価がそれであるというのならば、間違いなく足りていないのでもう少し何か報いがあってほしいと思う。
「出会いは最悪のはずなんですが、なぜあそこまでこっちにかまうんでしょうかね? いや、それを言えば私もですか」
ショップエリアの上階から飛び降りた彼女に潰されたのが始まり。
謝罪から、その時にアークスとしての話をいくつかしたりして、彼女から『知り合いが少なくて寂しいし、いろいろ教えてもらいたいし』とアイテムショップの裏を待ち合わせ場所にして話すような間柄になった。
気持ちは確かにわからなくはない、何分連携が大事な職業でもあるし話せる人が少ないのは不安なのだろう。
だが、今までの彼女の話と性格からいって知り合いなどはいくらでも作れる気がしないではない。
「ああ、なんとなくわかりました」
彼女が私をかまう理由。
「……うっかりすると私、完全に孤立しますしそれが見ていられないかもしれませんね」
彼女はお人好しではあるから、そういうことをしても不思議じゃない。
見た目だけなら深窓の令嬢。
口を開けば活発系。
腕を振るえば一騎当千。
……最後のはルーキーである以上言い過ぎかもしれないけれども戦闘能力は高めではあると思う。
そんな彼女だからこそ。
「なんかトラブル、起こしそうなんですよね」
そう呟いて、自分の部屋へと足を向ける。
「……研究資料とかまとめないといけないですね、そういえば」
やらなくてはいけない、憂鬱なことを思い出しながら。
「虚空機関に提出するレポート、明後日まででしたからね」